昨日は一日中「東京オートサロン2006 with NAPAC」の取材で幕張メッセを歩き回ったので、少々お疲れモード。
土曜日である14日はノンビリ過ごしていました。

ところで東京オートサロン開幕日に発表されたMINEサーキットの閉鎖問題については、各方面に影響が出始めているようです。
私もこの情報を耳にしてから公に発表されるまでの間、果してどのような発表になるのかと思っておりました。 歴史あるコース、しかも西日本・九州のモータースポーツ文化に大きく貢献してきたサーキットが無くなってしまうのは、非常に残念なことです。
バブル期にモータースポーツが注目を集め、一時的なブームに酔いしれたことがありました。
サーキットもいくつか、バブルの波に乗って建設されました。 しかし、今現在を見ると、決してサーキットの経営は順調とは言えない状況にあります。
国内の主力サーキットは、自動車/バイクメーカーの傘下にあるものと、そうでいないものに分けられます。 そうでないサーキットは、更にその経営母体の体力差も見えてきます。
モータースポーツは他のスポーツに比べて分かりにくいとか、参加しにくい、観戦が高価かつ手間がかかる、などの意見を良く耳にします。
ひとつ最近気づいたことですが、日本自動車連盟(JAF)のモータースポーツ統計数字をご紹介しましょう。
ドライバーとして競技会に参加するには、競技者ライセンスが必要です。 スピード競技(ジムカーナやダートトライアル)参戦には国内B級ライセンス。 サーキットレースには国内A級ライセンス以上が必要です(競技格式によっては国際ライセンスが必要)。
2004年のA級ライセンス取得者数は17,900人。B級では29,759人。 この数字はA級は1990年と、B級は1979年とほぼ同じ数字です。
JAF発足以来の推移を見ると、モータリゼーションの発達にも比例してその数は右肩上がりで増え続けます。 そのピークが1992年〜1993年ころ。バブル末期から崩壊直後くらいまでです。 ちなみにA級ライセンスのピークは1993年で20,122人と史上唯一の2万人超。B級は1992年の59,359人がピークです。
これらピークを境に取得者数は減少。レース参加者が持っているA級についてはここ何年も1万8千人前後で推移しています。
同様に参加者ライセンスも国内エントラントライセンスの2004年発給数は292。1985年とほぼ同じような数字です。 参加者ライセンスも競技者ライセンスと同様にバブル期の1992年に500件という発給数のピークを迎え、以降は減少傾向。
このような数字を見ても、モータースポーツが置かれている状況は決して安泰ではないことが垣間見れるでしょう。
関係する各方面が広義に力を合わせて、何らかの策を講じる必要性があるのではないでしょうか。
|