| PROFILE |
Author:斉藤@編集室。
スーパー耐久をはじめとしたモータースポーツや自動車全般を主に、陸海空の交通に関するハード&ソフトの両面について取材活動や執筆制作活動を展開。 車については乗用車はもちろん、商用車、トラックや特殊車両まで守備範囲は広い。 モータースポーツは主催者側と参加者側の両方を経験して現在に至る。 北海道出身、東京都在住。
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| あっと言う間に月末 |
当たり前の話ですが、2月は他の月に比べて日数が少ない。
というわけで、なんだか「あっと言う間に」月末が来た気分です。
月末。サラリーマンではない現在、重みのある一日です。
請求書の発送や支払い手続き等々、事務仕事に終始する一日。 主要クライアントさんからの入金日でもあるので、嬉しい一日だったりもします(^^)。
カレンダーもいよいよ3月に突入。
事務所の月次ホワイトボードも、社員の手で3月に書き換えられていました。 そこで私も3月の予定を書き込み。 後半は毎週出張が続く事になります。

そこで、出張に関する移動手配も行ないました。
宿泊は手配済なので、今回は東京〜大阪(伊丹)の航空券を購入。 私は例によって日本航空(JAL)を利用。最近は"御家騒動"で揺れている様ですが、まぁ飛行機はそんなに揺れない事を祈るばかりです・・・。
同行されるクライアント担当者さんは全日空(ANA)で移動。
しかし、主要幹線ゆえに両社ともに多くの便が就航しており、別々のキャリアを使ってもそんなに大問題にはなりません。
思えば大阪に飛行機で行くのは初めて。 私の"常識"ですと、大阪は自走領域です(^^;。しかし、今回は関東の別の場所から限られた移動時間の中で大阪へ行かなければならないので、飛行機となりました。
大阪国際空港(伊丹空港)については、"関西三空港問題"という意味で色々とその存在そのものが疑問視されている部分もありますが、初めて訪れることになるのでちょっと楽しみです。
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| ザ・トレーラーコレクション |
制作作業に一区切りがついた夕方、買い物に出かけました。
行き先は近所のヨドバシカメラ。
数日前に修理のために預けていた腕時計、修理が終わっていたので受け取り。ベルトと時計本体をつないでいる部品の破損で、修理費1,500円ナリ。 この腕時計、某自動車用品ブランドのアイテムなのですが、そのブランド名がそのまま修理票の「商品(ブランド)名」に記載されていました(^^;。

その後、店内をブラブラして、ついつい立ち寄ってしまったのが「ゲーム・玩具売り場」。 いかんなぁ、こういうコーナーがあると、ついつい散財してしまうではないですか・・・。
で、発見したのが上の写真。
トミーテック製の「ザ・トレーラーコレクションシリーズ」です。
同商品の系統では、「ザ・バスコレクション」や、「ザ・トラックコレクション」を数点ずつ購入した経験があります。
このシリーズは鉄道模型のNゲージと同じ150分の1スケールで再現された塗装済のミニチュアモデル。 プラスチック製ですがディテールまで忠実に再現されており、ロゴなどのプリントも綺麗に仕上がっています。 また、個々にナンバープレートまで再現されているのもポイント高いですね。
ということで、遂に今回大人買いを決行。
10個入りのボックスを購入、通常品10種類全てが揃いました。 シークレットアイテムが別に1種類あるようですが、個人的にはそちらにはそんなに興味がないので、10種類揃って満足(^-^)。
どれも完成度が高く気に入りましたが、さすがトレーラーだけあって模型も長い。 そのうち、飾るためのケースを購入しなければ・・・。
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| 初めてのアピタ |
雨の日曜日。 降り方も激しく、このように本格的な雨は久しぶりという感じもしました。
日曜日ということで街中の混雑が懸念されるので外出を控えていたのですが、前々から気になっていた場所があり、時間の余裕もあったので行ってみる事に。
目的地はアピタの長津田店。
アピタは私もあまり聞いた事の無い名称だったのですが、愛知県に本社を構え、中部地区を中心に全国展開を図っている企業。
大規模店舗のアピタ、地域密着型スーパーマーケットのユニーを核にして、コンビニエンスストアサークルKサンクスなども傘下におさめています。
個人的にはアピタ/ユニー限定トミカの存在で、その名を知ったというのが正直なところ。
ということで今回の「初アピタ」には、限定トミカ調達も目的のひとつ。
行ってみると、その規模に驚きました。 なかなかの賑わいを見せる店内は、かなり多種多彩な商品があり興味をそそりました。
特に食品には名古屋色が強く、惣菜店では「みそカツ」「手羽先」などなど、名古屋名物をフツーに売っています。
また、ファーストフード店をはじめ、多くの飲食店もテナントとして入っており、ぜひ今度は食事にも来てみたいと思わせる内容でした。

肝心の(?)限定トミカも無事に調達。 手前が初代トヨタセリカの覆面パトカー仕様、左奥はいすゞ177クーペのパトカー、右奥はピンボケですがトヨタコロナ2000GTのパトカー。 白黒パトカーには「愛知県警」と表記されているあたりが、強い独自性があって良いですね(^^)。
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| 企画会議 with チョコサンデー |
土曜日ということで、電話もメールも来ることの無い静か〜な一日。
ですが、夕方から仕事の打ち合わせを行ないました。
木曜夜に先方と電話でお話しをして、土曜の午後はOKとの回答を頂いていたので、夕食を兼ねての打ち合わせ。 場所は毎度お馴染みのDenny's!。
夕食を摂り、ああだこうだと企画を練り。 気がつけば滞在時間が4時間近くに。 そこで、撤収するのではなく!、おやつを食べることに。
本日は「DEVIL'S チョコレートサンデー」をオーダー。 いい歳のオトコが二人でサンデー食べながら仕事の話・・・。 まぁ、世間から見ると珍妙な光景でしょうが(^^;。

色々と話したお蔭で、面白い企画も産まれてきました。
また、今年のモータースポーツ開催スケジュールを拡げて、現地取材スケジュールを画策しました。
サーキットレースのみならず、色々なカテゴリーを視野にいれると、バッティングも多くてなかなかスケジューリングは難しいものです。 個人的には、今年はバッティングが少ない方かなぁという気もしていますが。
取り敢えず3月は、競技会取材2件、サーキットイベント取材1件、そしてスーパー耐久の公開テストという感じで出張の予定が決まってきました。
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| 初代・日産レパード |
このブログ、当初は私の業務・取材日記が主でした。
しかし最近は、独断と偏見で選び出した新旧の色々なクルマに関する紹介や試乗インプレッションが増えてきました。
まぁ、モータースポーツシーズンオフ中は、私の取材も減るので書くネタが無いという背景もありますが・・・(^^;。

そんなこんなで、今日取り上げるのは日産自動車の初代レパードです。
初代レパードが登場したのは1980年9月。「レパード(Leopard)」とは「豹」という意味です(ちなみに"American Leopard"は"Jaguar"と同じ意味です)。 ボディは2ドア&4ドアハードトップの二本立てで、エンジンは4気筒1800cc/6気筒2000cc/6気筒2800ccをラインナップ。 複数チャネルでの販売向けに前後意匠を少し変えた「レパードTR-X(トライ-エックス)」という兄弟車も同時にデビューしました。
キャラクターとしては高級パーソナルセダン&クーペ。 当時の日本ではクラウンやセドリックは法人需要がメインで、今の様に個人オーナーが多くを占める状況ではありませんでした。 自動車税が高額だったこともあって、地方では3ナンバー車を滅多に見かけない様な時代でした。
そんな時代に、前衛的な直線基調のウェッジシェイプをまとい、完全に富裕層個人ユーザーをターゲットとした若々しさとスタイリッシュさ、そしてハイテク感を訴求して誕生したのです。 ハイテク感という面では、燃費や航続距離などを計算・表示する「ドライブコンピューター」や、フェンダーミラー鏡面用のワイパー、グラフィックイコライザー付オーディオシステムなどが装備としてラインナップされました。 ちなみにイメージキャラクターは、加山雄三氏でした。
しかし、翌1981年にトヨタ自動車から初代ソアラがデビューすると形勢は一気に不利に。 最新の6気筒DOHC(トヨタ風に言えば"ツインカム24")エンジンを搭載するソアラに対して、レパードは旧態然としたL型SOHCエンジン(1800ccはZ型)だったのです。 また、オートマチックもソアラが4速電子制御であったのに対して、レパードは70年代技術レベルの3速仕様に留まっていました。
レパード陣も2000ccターボを搭載(同時にソアラに対抗してデジタルメーターを装備)したり、マイナーチェンジ時にはオートマチックの4速化を施しました。 また、後期モデルの後半には日産が繰り出した最新のV型6気筒3000ccターボエンジンを搭載したりと巻き返しを図りましたが、ソアラの牙城を崩すには至りませんでした。
1986年2月、レパードは2代目にスイッチ。 2ドアクーペにボディを一本化してソアラと真っ向勝負を挑みましたが、両車のセールスがどんな結果だったのかは、多くの皆さんがご記憶の通りです。
初代レパードは、やや時代を先取りし過ぎたのかもしれません。
また、高級パーソナルサルーン&クーペという、当時としては先進的なコンセプトに対して、やや古かったメカニズムというアンバランスさ。
レパードは二代目以降も「迷走」する結果になってしまうのですが、二代目以降のお話しはまたの機会に記そうと思います。
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| 東京高速道路 |
本日はお昼前に外出。
東京駅近辺が最初の目的地だったので、横浜青葉ICから東名高速に入り、首都高速道路3号線→都心環状線内回りと進み、汐留ジャンクション(JCT)から「Y線」へ。
汐留JCTから新橋ランプまでの間が首都高八重洲線(Y線)、新橋の先は東京高速道路株式会社が管理運用する自動車専用道路になります。
俗に「KK線」などと呼ばれるこの道は、首都高速道路とは別物。 その証拠に新橋ランプ先の乗継券発行所を通過すると、左手に管理車両が停まっている管理事務所があり、車両には「東京高速道路」と記されています。
この道路の歴史を紐解くと、第二次世界大戦の集結後に都心で急激に進んだモータリゼーション化が建設の背景にあります。 戦後間もないので庶民にとって自動車は縁遠い存在だったでしょうが、そこはさすが首都東京、花の銀座。
1950(昭和25)年頃には交通渋滞が問題になり、翌1951(昭和26)年に財界人有志が東京高速道路株式会社を設立。
1953(昭和28)年8月、全長約2キロの道路が完成、日本初の高架自動車専用道として供用が開始されました。
実はこの道、通行料は無料です。 なぜなら高架下をテナントとして貸出、得られた賃料収入を維持管理に充てているからです。
設立当時は行政の予算が戦争集結後間もないということもあって全く無い中、完全に民間の力と知恵で産まれた道路と言えます。
設立当初から「無料」を前提に知恵を絞った東京高速道路株式会社、対する首都高速道路は・・・。
それはさておき、東京高速道路株式会社の"KK線"は、東京駅の地下にある八重洲地下街駐車場に直結しています。
駐車場に車を停めて地上で所要を済ませました。 この八重洲地下街駐車場、料金は310円/30分と地上の駐車場相場と同じ程度。駅直下という利便性を考えれば充分に納得できます。 また、JR利用者には長時間割引料金も設定されていますし、駅への送迎用車寄せ(ここだけ利用の場合は駐車料金不要)もあります。
ちなみに駐車場に戻って車を出すときには、首都高速道路の料金を支払う必要がありますので、実際には高速直結ですが料金的には一度高速を出た、という扱いです。
所要を済ませた後は、原宿でウチの社員を降ろして、私は品川プリンスホテルへ。
待ち合わせしていた2人と合流して、線路をはさんだ反対側の品川インターシティへ。

駐車場に車を入れ、レストラン&ショップ棟の旭龍門という中華料理店で夕食。
メンバーは出張で東京に来ている十勝スピードウェイのスタッフ2人、某モータースポーツ関係者、そして私の計4人。
十勝スピードウェイは私にとっては元の職場、ご一緒したお二人は私が勤めていた頃の同僚でもあります。
十勝24時間レースのことはもちろん、諸々のモータースポーツ業界話、さらには昔話ありと楽しい時間を過ごせました。
ちなみに旭龍門のお勧めは麻婆豆腐ということなので食しましたが、なかなかハードな辛さでした(^^;。
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| 車を「飯の種」にするということ |
今日配信されたニュースの中に、考えさせられる内容のものがありました。
高知新聞の「高知通運系また飲酒運転」という記事です。
皆さんは1999年に東名高速道路上り線の東京料金所手前で発生した交通事故を覚えていらっしゃいますか?
渋滞で停車中の車列に酒酔い運転の大型トラックが突っ込み、炎上した乗用車に乗っていた子供2人が亡くなったという痛ましい事故です。 この事故が契機となって、飲酒運転や著しい速度超過などに起因する事故加害者を罰する「危険運転致死傷罪」が新設されました。
この事故を起こしたのが高知の運送会社、高知通運。
東名高速での事故を伝える報道で、「高知なす」と書かれたトラックを記憶されている方も多いことでしょう。
事故後の報道で大型トラック運転手の飲酒が日常的に行なわれていることが報道番組などで糾弾されました。 テレビでは頻繁に東名高速事故の時の映像が流され、「高知なす」のイメージを悪化されるという結果も生みました。
そして事故から4年後の2003年、なんと同社の取締役が酒気帯び運転で追突事故を起こしたのです。 業務中の事故ではないので行政指導などは行なわれませんでした。 しかし、取締役という立場にある人がこのような事故を起こしたことは許されるはずがありません。
結果的に高知通運は、「高知なす」でお馴染みの高知県園芸農業協同組合連合会から81年間に渡って結び続けてきた輸送契約を解消されるという大きなペナルティを受けました。
これは予想するに、経営的には大打撃だと思います。
しかし、全社的に真摯に反省し、自動車輸送という業務を行なう会社として絶対に飲酒運転はもちろん、事故の再発を防ぐしか会社生き残りの道は無かったことでしょう。
ところが。
今回、同社の子会社社長が飲酒運転で警察に摘発されていたことが発覚したのです。
2回目は取締役、3回目は子会社の社長。
責任ある立場の人がこのような有り様。現場の運転手がいくら真面目に安全運転に努めても、会社の信頼は地に落ちたのは間違いないでしょう。
自動車を「飯の種」にしているという意味では、モータースポーツなどに携わっている私なども同じです。
レーシングドライバーさんの中には、一般道路で「●●から××まで、▲▲分で行けたよ〜」なんていう武勇伝を自慢する人も未だにいますが、JAFライセンスがあっても運転免許が無ければレースに出場できないということを知らないのでしょうか。
また、サーキットで作業終了後にビールを飲んでいるチームスタッフの姿も時に見かけます。運転手役の飲酒しないスタッフが残っていれば良いのですが…。
私も、末端ではありますが自動車やモータースポーツに携わっている者として、改めて安全運転への一層の自覚を持とうと思ったニュースでした。
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| 日産ブルーバードシルフィ・ブロアム |
今日も制作&オンライン納品の日。
納品も無事に終了し、何となく2006年のモータースポーツシーズンが本格的に始動したという感じです。
制作作業の方は新規クライアントさんのサイト制作。 基本的なデザインはほぼ完成、コンテンツの中身の制作に移って今月中に完成、3月にアップというスケジュールで進行しています。

さて、今日取り上げるのは「日産ブルーバードシルフィ・ブロアム」。 「ブロアム?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。 「日産ブルーバードシルフィ」じゃないのか?、と。
ブルーバードシルフィは、日本を代表するセダンであるブルーバードの系譜を汲むクルマ。 初代デビューは1957年と古く、初代はスタイリングの特徴から「柿の種」と呼ばれました。
その後、日本を代表するファミリーセダンとして日産自動車の主力車種に成長。 トヨタ自動車のコロナと繰り広げた激しい販売合戦は「BC戦争」と呼ばれ、それこそ街中で頻繁に見かける一台になりました。
モータースポーツの分野でも活躍、ラリーやシルエットカーなどが印象に残っている方も多いでしょう。
910型を最後に駆動方式をFRからFFに変更。1987年デビューのU12型ではフルタイム電子制御4WD「ATTESA(アテーサ)」も組み合わされ、ハイパフォーマンスセダンの先駆けともなりました。
2000年デビューのG10型からは「シルフィ」のサブネームが付与されるようになりました。 既に日本のセダン市場は冷え込み、販売台数は激減。ユーザーの平均年齢上昇も進み、方向性を大きく変えてきました。
そして2005年11月、現行モデルにスイッチ。 ブルーバードとしては12代目、シルフィとしては2代目になります。
この2代目シルフィに設定されているのが「シルフィ・ブロアム」。
日産のメインサイトではなく、ビジネスカー専用サイトに掲載されていることからもお分かりのとおり、ビジネス需要向けのグレードという位置づけになっています。
ライトバンなどに限らず、車種によっては乗用車もビジネス需要は大きなボリュームを持っています。
シルフィ・ブロアムの主な需要としては、企業の営業車や送迎車、ハイヤーやタクシーといったところ。
日産でいえばプレジデントやシーマは会社社長や有力国会議員、市町村長クラスの公用車という位置づけ。 その下にフーガ、ティアナと続き、ボトムレンジがシルフィ・ブロアムというヒエラルキーになります。
未だに官公庁などでは車格ヒエラルキーが重視されることも多く、私が以前取材した某省庁でも、肩書きに応じて3ナンバー、5ナンバーオートマチック車、5ナンバーマニュアル車の送迎車を厳密に分けて運用していました。 つまり、肩書きの地位が低い人は、決して3ナンバー車に乗ることは許されないどころが、場合によっては5ナンバーでもオートマチック車に乗ることも許されないわけです。
こうした需要があるからこそ、日産はシルフィ・ブロアムを設定し、日産ブルーバードシルフィも5ナンバー枠を守り抜いたのでしょう。
車名とボディサイズの関係が混沌としてきた昨今では、「日産ブルーバードシルフィ」よりも「ホンダシビック」の方がボディサイズも大きくなりました。 私のような30代以降の世代にとっては、車格としてはブルーバードの方がシビックよりも1クラス上というイメージですが(^^;。
ひとつの考え方として次のような結論を導き出せます。 ホンダシビックは世界市場をも見据えた戦略車であり、日本国内のビジネス需要は特に重視していないということ。 対する日産ブルーバードシルフィは基本的に日本国内とアジアが主力市場で、輸出されるといっても台湾やタイなど、未だそんなに大きなボディを必要としていない地域が主な対象。
こうしたメーカー間の戦略の違いが、車名と車格のアンバランスさを産み出したと言えるでしょう。
ちなみに、現行型ブルーバードシルフィは先代よりも全長を拡大、4610mmとなりました。 これはタクシーの基準で中型車に分類されるサイズとなったので、タクシー需要についてはそれほど重視していないのかもしれませんね。
なお、ブロアムと標準車の相違ですが、ブロアムは排気量2000cc仕様のみ。標準車の排気量2000ccトップグレードである「G」と比較すると、価格的には「G」が231.0万円であるのに対して、「ブロアム」は234.15万円。 すなわち、ブルーバード・シルフィシリーズの最上級グレードは、実はブロアムということになるのです。
装備の差異は室内快適性の向上と高級感演出面をブロアムは重視しており、ベロアのシート生地、木目調リアカップホルダー、後席読書灯などの専用装備を有しています。
個人でも購入は出来ますので、覚えておいて損はないクルマかも!?
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| いすゞガーラ |
本日配信されたプレスリリースに、次のようなものがありました。
いすゞ自動車からのリリースで、「大型観光バス 「ガーラ ハイデッカーナイン(HD-9)」をフルモデルチェンジ」というものです。

「ガーラ」は、いすゞの大・中型バスブランドのひとつ。 観光型や高速路線型を主体としており、このシリーズに今回加わった「HD-9」は短めの全長(9m)で小団体旅行などに使われるモデル。中小の観光バス会社がメインユーザーとなるでしょう。
ところで上に掲載した写真を見て、どこかで見たことがあると思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日野自動車の大型バスシリーズ、「セレガ」とデザインがほとんど同じです。
実は国内の大型バスメーカーは、乗用車以上に再編が進んでいます。
2002年には2年間の準備期間を経て、いすゞ自動車と日野自動車の共同出資により、ジェイ・バスという会社が設立されています。
同社は2社向けのバス製造、設計、開発、部品供給を行なう会社。
ゆえに「いすゞガーラ」と「日野セレガ」は、バッジと細部の意匠を変えた"兄弟車"という関係にあるわけです。
バス業界は規制緩和による新規参入や運賃競争によって、特に中小バス会社の業績が低迷しています。
大手も運行コスト削減のために運行子会社を設立して、人件費や管理費を抑えようと必死。
さらにバスを使っての団体旅行(特に社員旅行)は衰退傾向、地方を中心としたバス離れ、昨今の燃料費高騰と、経営環境は厳しさを増しています。
こうした背景により、必然的にバス製造メーカーの業績も芳しくありません。競争に生き残るため、というのがジェイ・バス設立の背景というわけです。
乗用車メーカーも海外メーカーを含めて再編の動きは加速しています。
日本には乗用車メーカーが全部で9社。(トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱、スバル、スズキ、ダイハツ、光岡)。 業績は概ね好調のようですが、果してこんなに多くの"会社"が共存共栄を続けて行けるのでしょうか?
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| 出張経費 |
気が付けは2月も既に半分を過ぎました。
シーズンインに向けて色々な情報も入ってくるようになるとともに、準備事項も増えてきています。

準備という面では、先に撮影用カメラのレンズを新調しました。カメラ本体も年末にオーバーホール済なので、準備万端。
出張予定も徐々に組み上がりつつあり、スーパー耐久シリーズに関連して出張する分については、公開テスト走行から第6戦の岡山分まで、宿泊の予約手配も終了しています。
今年は幸いに、鈴鹿や岡山で快適な環境のホテルを予約することが出来たので、ラッキーでした。
あとは第3戦の十勝に向けてフェリーを予約する作業が4月に残っています。第7戦&第8戦の宿泊予約は夏でも間に合うでしょう。
スーパー耐久シリーズ以外にも、3月中旬くらいからは出張が増えてきます。
当然、それに伴って支出も増えていくわけで…。
今年は出張コストの削減についても、真剣に考えなくては(--;。
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| 道の駅 |
今日の話題は「道の駅」について。
車を運転される方、特に長距離移動をされる方にはお馴染みの施設だと思います。
道の駅とは高速道路にある「サービスエリア」や「パーキングエリア」に相当するもので、原則的に国道沿い(一部、主要地方道沿い)に立地しています。
道の駅についてもう少し説明すると、この制度が出来たのは1993年。 旧・建設省(現・国土交通省)と地方自治体の協力の下、全国に103ヶ所が登録されオープンしました。
以後、全国でその数は増え、現在では830ヶ所となっています。
道の駅は24時間利用可能な一定規模以上の駐車場とトイレ、そして交通や観光の情報を提供する施設を有することが登録条件とされています。
駐車場やトイレは国や都道府県が整備し、情報サービス機能を市町村や第三セクターが整備運用するケースが大半となっています。
市町村にとっては観光拠点のひとつと位置づけているところも多く、近郊の観光地を案内したり、特産品の販売、地元の名物などを提供する飲食スペースを用意している道の駅も少なくありません。 また、様々なイベントや、朝市を催しているケースもあります。
ネーミングに凝ったところも多いのが特徴で、中には「?」というところもありますが、地方の個性が出ているのはたしかです。
私も長距離出張が多いので、道の駅は頻繁に利用しています。
今では車の中に雑誌「AUTO CAMPER(オートキャンパー)」に付録としてついてくる「全国道の駅ガイド」を常備しています。
また、道の駅には思い出が。
1997年、この年の春に私は、当時勤めていた会社を退職して東京に居を移す事を決意しました。 そこで、生まれ育った北海道を改めてじっくり見ておこうと思い立ちました。しかし、何か目的が無ければ広い北海道を闇雲に走り回る事になって効率が悪い。 そこで、北海道の道の駅を全て制覇してみようと思いました。「道の駅スタンプラリー」も開催されていたので、全駅制覇を目標に、北海道のあちこちを巡ってみたのです。
広い北海道ゆえ、何回かに分けてのチャレンジとなりました。 住んでいた帯広から、稚内や函館にももちろんいきました。結果的には北海道の海岸線を全走破することになりました。
思いで深いエピソードとしては、帯広から最も遠いエリアである道南方面を巡っていた時のこと。 順調に次々とスタンプ帳に押印していったのですが、何とよりによって一番遠くにある「道の駅・横綱の里ふくしま」の営業時間に間に合わず、スタンプを押せずじまい。
悔しいので後日、スタンプを押すためだけに500km以上を走って「道の駅・横綱の里ふくしま」に行ったのでした(^^;。
当時乗っていたのはランチアテーマ・ターボ。 相当の距離をスタンプラリーで走りましたが、故障に見舞われることもなく、無事に全駅走破を達成しました。
今でも当時のスタンプ帳と全駅走破認定証は保管してあります。
今では北海道の道の駅も数が増えているので、全駅走破は当時以上に大変でしょうね。
■道の駅スタンプラリーに関する記事のあるブログ ・ぼちぼちいこう 和歌山県南部の道の駅スタンプラリーにチャレンジされています。
・よかーどーのここんとこ 中部道の駅走破の旅について記されています。
・えんどれすなたわごと 道の駅スタンプラリーが趣味だそうです。北海道在住とのこと、駅が多くて大変でしょうが、ぜひ全駅制覇を!
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| スライドドア |
本日は制作&納品作業の一日。 納品に際して小さなトラブルもありましたが、何とか無事に解決。
また、スーパー耐久関係者の方と電話で情報交換もして、いろいろなネタを仕入れました。公開テスト走行までおよそ1ヶ月、色々なところでシーズンインへ向けて動きが活発になっているようです。
さて、今日の話題は「スライドドア」について。
先頃、プジョー1007が日本でデビューを果たしましたが、このクルマの特徴は3ドアハッチバックのボディ形状で、サイドのドアは左右ともに電動スライド式を採用している点。
スライドドアというとミニバンや1BOXワゴン/バンのリアサイドに採用されるケースが多いですが、日本でも2004年7月にデビューしたトヨタポルテが3ドアハッチバック形状のボディながら、助手席側に開口面積の大きな電動スライドドアを採用しています。
3ドアハッチバックにスライドドアの組み合わせ。 ある車種を思い出しました。

3代目・スズキアルトに設定されていた「スライドスリム」。
軽自動車のビッグネームとして知られるスズキアルト。 最近はハイト系の車種に押されて少々存在感が薄くなってしまいましたが、3代目の頃はまさに全盛期。
ターボエンジンを搭載した「WORKS」は若い男女に大人気となり、街中にはダーク系のボディカラーの「WORKS」が氾濫していました。 余談ですが、その多くはラジオアンテナの先にマスコットをつけ、リアウィンドゥには"ウルトラマン"や"バルタン星人"のストップランプを装着していた印象が・・・(^^;。
もちろんノンターボモデルは女性ユーザーをメインターゲットとして開発された3代目・スズキアルト。
「スライドスリム」は3ドアハッチバックボディをベースに、通常はスイングドアとなるサイドドアを左右共にスライド化させたもの。 なお、年式によっては運転席側のみスライド仕様というのもありました。
話は戻ってアルト・スライドスリム。 ドアをスライド化した狙いは主に次の2つ。
一つ目は狭い場所での乗降性能の向上。 スライドドアは開放時に車体外側への張出がほとんどないので、スーパーマーケットの駐車場などで隣の車との間隔が狭い場合でも、楽に乗り降りできるわけです。
二つ目にスカート姿での乗降性能の向上。 スライドスリムは運転席回転シートを標準装備していました。回転シートは現在でも高齢者や身体の不自由な方向けの車両に備わっていますが、ほぼ同じような感じでシートを乗降時に回転させることが出来るもの。 アルトの場合は回転した時に、座面が前下りになる機構も備わっており、この装備と開口面積の広いスライドドアが相まって、スカート姿(特にミニスカート)での乗降性能を向上させていたわけです。
女性ユーザーが多いアルトならではというユニークなグレードが「スライドスリム」だったのですが・・・。
その後、スライドスリムは販売台数的にも成功とは言えず、姿を消してしまいました。 なぜなら、スライドドアの欠点がユーザーにはクローズアップされてしまったからです。
スライドドアの欠点。
ひとつは乗降する場所の勾配による操作力。 登り坂に車を止めた場合、ドアを開ける操作は簡単ですが、ドアを閉める時には大きな力を必要とします。 下り坂ではその逆になるのですが、いずれにしても女性の力ではドアの開閉が大変、というケースがあるのです。
さらにもうひとつ、ドアに身体を挟まれる危険性があります。 これも乗降場所の勾配が関わってきますが、下り坂で乗降する場合、ドアを閉める方向に重力は働いているので閉める動作そのものには力はそんなに要しませんが、スライドを始めたドアは思った以上に勢いがつくのです。 そんな場面では身体を挟まれる事故の危険性が高い。
このような使い勝手の"悪さ"が日常の様々なシチュエーションで目立ってしまったようです。
もちろん、最近のスライドドア採用車種は、トヨタポルテもプジョー1007も電動パワースライド式なので、使い勝手は当時のアルト・スライドスリムとは比べ物にならないほど向上しています。
これからの高齢化社会を考えると、先日のブログにも書きましたが、ドア開口面積の拡大と乗降性能の向上は重要になってくると思います。
そんな中、左右両方のドアをスライド化した「スズキアルト・スライドスリム」は歴史にその名を残す存在であると言っても良いのではないでしょうか。
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| 打ち合わせ&動画編集 |
今日は昨日とは打って変わって、スッキリしない空模様。
お昼前に外出、午後1時30頃にクライアント先の近所に到着。 最も近いコインパーキングが空くのを待って、パーキングに入れてからも時間調整。 およそ30分、車内でテレビを見て過ごしておりましたが、まぁこれはいつものことです。
14時から約1時間の打ち合わせ。モータースポーツのことを中心に、打ち合わせは大変スムーズに終了。
15時すぎに渋谷へ移動、動画の編集作業。今回の作業はボリュームが多めでしたが、素材が巧く撮れていたのでサクサクと編集内容を決定。
18時には渋谷を出て、ご一緒しているクライアント某氏といつものDenny'sで食事。
いろいろな企画案は会議室よりもDenny'sで浮かぶものですな(^^)。
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| ぽかぽか陽気と富士山 |
早朝の起床でしたが、寒さを感じない中で一日がスタート。
今日は取材のため、富士スピードウェイに向かいました。
東京はポカポカ陽気との予報でしたが、富士スピードウェイは富士山の麓ということもあるので、一応厚めの上着を持って行ったのですが…。
現地では上着は不要。長袖のシャツも、袖をまくっての取材となりました。
好天の下、富士山もクッキリとその姿を見せてくれたので、取材対象車の走行場面に加えて、駐車場で富士山をバックにした置き取りも行ないました。
取材の合間には、取材対象車のステアリングを握っていた某ドライバー氏とも情報交換。

この日はフォーミュラ・ニッポンのプライベートテストも行なわれており、3台のマシンが走行していました。
私自身、フォーミュラ・ニッポンのマシンを見るのは久しぶりでした。
午後3時すぎに取材を終えて東京へ帰還。
その後は日付が変わって午前4時すぎまで制作作業に没頭していました。
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| 渋滞情報 |
今日は制作作業と、3月の出張予定を立てていた一日。
3月になるとモータースポーツもシーズンインということで出張が増えてきますが、ひとつの週末で関東と関西の2イベントを掛け持ち取材などという予定も出てきます。

関東地区ローカルになるかもしれませんが、今日のニュースに次のようなものがありました。
●首都高速道路、所要時間情報の表示を変更
首都高速道路に設置されている文字情報板における渋滞などの通過所要時間の表示方法を今日から変更する、というニュースです。
変更点は次のような内容です。
(1)非渋滞時の所要時間表示 これまでは渋滞が無い場合は何の表示もされていなかった文字情報板に、主要地点までの所要時間を表示。
(2)情報板の位置を起点とした通過所要時間の表示 これまでは情報板の先で生じている渋滞の長さと、表示されている渋滞区間の通過所要時間が表示されていました。 これが、通過所要時間については情報板のある現在地点から渋滞を通過するまでに必要な時間を表示。
(3)渋滞の現況を表示 これまで提供されていなかった新たな情報として、現在生じている渋滞が増加する傾向なのか、もしくは減少する傾向なのかを表示。
このような変更が施される事で、渋滞情報がドライバーにとって今まで以上に有益な内容になってくると思います。
特に(2)は誰にでも分かりやすく所要時間の目安が表示されますし、(3)で時間経過に伴う状況の予測もできますので、渋滞に突入するべきか、高速を下りて迂回するべきか、といった判断材料になってくるわけです。
思い出してみると、私も北海道から東京に引っ越してきて最初に戸惑ったのが「予測が難しい移動時間」でした。
仕事柄、都内もクルマで移動することが大半ですが、同じところへ行くにしても渋滞の有無で所要時間が全く変わってきます。
北海道の場合は札幌の中心部以外では渋滞には滅多にお目にかかりませんでしたし(冬期間は別ですが)、長距離移動でも「1km=1分」という感じでしたしね。
東京の場合は曜日や日付、天候、時間などの要素で渋滞の有無や長さが全く異なったり、突発的な事故や故障車による渋滞も生じたりします。
最近ではVICSも発達しており、対応カーナビではルート検索に情報を反映させるなどの進化を遂げています。 もっともVICSについては所轄官庁同士の覇権争い(?)という問題点もあるのですが…。
いずれにしても、今回のニュースはドライバーにとってのメリットは大きいのではないかと思います。
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| トヨタラウム |
皆さんはお風呂で使っているシャンプーとリンスのボトルに、ちょっとした違いがあることをご存じでしたか? 私は恥ずかしながら全然気にも留めていなかったのですが、基本的にシャンプーのボトルには小さな突起がついているそうです。
これは目の不自由な方がメーカーに提案したのがキッカケだそう。 同じ形状のボトルでは、どちらかシャンプーでどちらがリンスなのかを判別できないので、何とかならないでしょうか、と。
メーカー側としてはシャンプーのボトルには突起を設けることで触感で判別できるようにしました。 当然、健常者もシャンプーの時には目を閉じている人が大半なので、結果として誰にとっても便利なものになったわけです。
これこそ、ユニバーサルデザインの好例ですね。
ユニバーサルデザインとは1990年代に入ってから普及した概念で、人種や体格、利き手、年齢、性別、障害の有無などに関わらず、誰にとっても使いやすいデザイン、という思想です。
事実、シャンプーの例では発端は目の不自由な方の提言でしたが、結果として誰もが使いやすくなったのは間違いありませんね。

そこで、今回ご紹介する一台は、トヨタラウムです。
センチュリーからパッソまで、多種多様な車がラインナップされているトヨタの中では、少々地味な存在のラウム。
初代モデルのデビューは1997年5月で、2003年5月に現行モデルへとバトンタッチされました。
特徴はデビュー当初からの2ボックススタイルに、ヒンジ式の前ドアとスライド式の後ドアを組み合わせている点。 現行モデルでは左側についてはパノラマオープンドアと呼ばれるセンターピラーレス構造になり、驚異的に広い開口部を誇ります。
このラウムには、ユニバーサルデザインの思想が色濃く反映されています。
その恩恵は車に乗り降りする時にも充分に享受でき、車内のあちこちに設けられたアシストグリップが乗降動作を楽なものにしてくれます。 特に高齢者にとっては嬉しい点でしょう。
開口部が大きいのもメリット。 杖をついていたりしても乗りこみやすいですし、無理に腰をまわしたり、身体をかがめる必要がないことは誰もが楽な姿勢で乗降できる効果を生んでいます。 小さな子供がいてチャイルドシートを使う際も、お母さんが子供を楽に乗り降りさせることが出来るでしょう。
また、ウェルキャブとして設定されている回転シート仕様では、他車の回転シート仕様車とは比較にならないほど乗降性能に優れています。
室内空間は高めの車高もあり広々としたもの。大人4人がキチンとした姿勢で窮屈な思いをせずに乗車できるので、長距離ドライブでも苦痛を伴うことはないでしょう。 また、カーゴスペースも使いやすく、充分なキャパシティを有しています。
エンジンは排気量1,496ccの直列4気筒。これにインパネからスタッカード式のセレクターレバーが生えた4速オートマチックを組み合わせます。 駆動方式はFFと4WDをラインナップ。降雪地需要にもきちんと対応しています。
ご推察の通り、この車にはエモーショナルな部分は皆無と言っても良いかもしれません。 痛快なハンドリングを楽しめるわけではありませんし、強烈な動力性能で周囲の交通をリードするようなことも出来るわけではありません。 デザイン的にも奇をてらった部分はなく、とてもオーソドックスにまとめられています。
そのためか、デビュー直後に一瞬だけ自動車メディアに取り上げられて以降は、すっかり雑誌の誌面を飾る事もなく、日陰の存在になっています。
しかし、このような車にこそ注目していく必要があるのではないでしょうか。 これから高齢化社会が進んでいく中、例えば「おじいちゃん、おばあちゃんが乗りやすい車」という理由は、エンドユーザーが車を購入する動機として非常に強いものになってくる可能性が高いでしょう。
もとより、最初に述べたように「ユニバーサルデザイン」とは限られた誰かのためのものではありません。 誰もが使いやすいこと、というのは、特殊なキャラクター(例えばスポーツカーとか)の趣味性が強い車種は別にして、自動車という"道具"にとってはとても大切なことであるからです。
ましてや自動車は多種多様な人が自ら運転する乗り物。 使いやすさは安全性にも直結する部分です。
市中のディーラー店頭にもなかなか展示車が無いのは残念ですが、ぜひ一度トヨタラウムに触れてみてほしいと思います。
もし購入を検討されるのであれば、トヨタレンタカーでは設定があるようなので、1泊2日くらいで借り出して、ご家族と一緒に使い勝手を徹底的に確認されてみるのも良いかと思います。
車高が1500mm以下、もちろんボディは5ナンバーサイズなので、立体駐車場や狭い道でも使いやすく、私としては自信を持ってお勧めできる一台だと思います。 ただし、この車は残念ながら下取りは安いでしょうから、長く乗られる事を合わせてお勧めします。
●ラウム・ユーザーさんのブログ 「かいじゅうたちのいるところ 」
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| LEDテールランプ |
今回の話題は自動車のテールランプについて。
内容的には2月1日のブログにお寄せいただいたコメントへのレスに記した内容と重複しますが、以前から書こうと思っていた内容なので、記してみます。

写真のトヨタプリウスなど、今では多くの車種に採用されているLED式のテールランプ。
LEDとは"Light Emitting Diode"の略で、日本語では「発光ダイオード」となります。 「ダイオード」とは端子がふたつある半導体素子。電気が流れる事で光を発するものが発光ダイオード、つまりLEDです。
1962年に開発され、近年では青色発光ダイオードの特許に関する係争がニュースを賑わせていました。
自動車の世界でもここ6〜7年でテール(ストップ)ライプやターンシグナルランプへの採用が進んでいます。
LEDの主な特徴は3つ。
ひとつは消費電力量が一般的な電球よりも少なく、低燃費を追求する上ではメリットがあります。また、近年の車は電気装備が増えており、特に電動パワステの普及は走行中常時使う電力量の増加を招いているので、ランプのLED化には意味があるわけです。
ふたつめに耐久性の向上。 全く「球切れ」が無いわけではありませんが、電球に比べると飛躍的に寿命は長く、メンテナンスフリーに近い状況を生んでくれます。
三つ目に高い輝度と早い反応速度。 これは特に被視認性が求められるストップランプにおいては、高い受動安全性につながるメリットです。
もちろん近年の傾向として「見栄えの良さ」も普及の大きな理由となっています。 点灯状態がパッと見で電球のテールランプとは異なるので、LEDランプはとても先進的かつ、ある意味ファッショナブルな印象を与えてくれます。
最近では救急車の警光灯にも採用されましたし、日中の被視認性を高めてくれる「ディタイムライト」などでの普及も進んでおり、遠くない将来にはヘッドライトにもLEDが採用されることになるでしょう。
しかし、気になる点もあります。
それはLEDの特徴である「発熱量の少なさ」。 この特徴が、雪道では思わぬ落とし穴になる可能性があります。
雪道を走行すると、路面の雪を巻き上げて車体に付着します。 特にリアには多くの雪が付着しますし、降雪中であればフロントにも雪が付着します。
この場合、一般的な電球ですとテールランプが点灯していれば電球の発熱によってランプのレンズ面についた雪は溶けてくれます。 しかしLEDの場合は発熱量が少ないので溶け切らず、レンズ面も真っ白になってしまうケースがあるのです。
こうなると、後続車からの被視認性が悪化し、ストップランプを点灯させても後続車が気付くのに時間を要することになりかねません。 雪道ですから制動距離も伸びるので、思わぬ追突事故を誘発しかねないわけです。
LEDテールライトを備えた車両にお乗りの方は、車体後部に付着した雪にも気を配って、時々雪を取り払うなどの対策が必要になってくるかと思います。
メーカーさんには何らかの対策もお願いしたいところですが…。 リアフォグランプを寒冷地仕様車などを中心に設定するという方法もありますが、少しの降雪では後続車に迷惑ですし、リアフォグは誤用されているケースも多いわけで…。
かといってレンズ面に熱線を入れたりすると、折角のLEDのメリットである消費電力の少なさをスポイルしてしまいますし。
メーカーの開発に携わっている方が雪道での使い勝手をどこまで研究されているかは分かりませんが、ぜひ検討していただきたい点です。
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| EUNOS 800 (ユーノス800) |
世間は連休ですが、地味に週明け納品予定の制作作業を進行。
作業の合間に自動車業界に関するニュースをチェックしていましたが、最近は販売網の再編に関するニュースが多いですね。
トヨタ自動車は、昨年レクサスを日本でも立ち上げましたが、本命車種とも言えるLSが未だデビューしていないこともあってか、これまでの販売台数は決して満足出来る内容には達していないよう。 一方で従来の販売網ではビスタ店を廃してネッツ店に統合しています。
日産自動車は連結販売会社のマネジメント変更を発表しており、販売会社の体力強化を図る意向です。
本田技研工業は北米で展開している高級チャンネル「アキュラ」を2008年秋に日本にも導入するとともに、現状3チャネルある販売網を統合する計画を発表しています。
以前は販売チャネルの多さと、バッジエンジニアリングによる兄弟車の設定などによる車種の多さが販売シェアにつながるということで、各メーカーが複数のチャネルを持っているのが普通でした。
それが最近では、トヨタについてはレクサスを含めて5つのチャネルがありますが、日産は2つに集約しており、ホンダも3つあるものを将来的に1つに統合するという方向性です。
三菱は2つあったチャネルが既に1つになりました。
マツダは現在はマツダ系とマツダオートザム系の2チャネルとなっています。

さて、写真の車。EUNOS(ユーノス)800です。
思えば"EUNOS"というブランドを知らない、という世代の人もいるかもしれませんね。
時は1989年。日本列島、バブル真っ盛り。12月には日経平均株価が3万8915円の最高値をマーク。ちなみに2006年2月10日の終値は1万6257です。
狂宴に日本が酔いしれたバブルについては今では批判的な意見が多数を占めていますが、日本の産業界、特に自動車の世界にとっては有意義なことも多々ありました。
そのひとつに技術面やデザイン面、コンセプトで冒険が許される"ゆとり"が産まれ、ユニークな車が続々とリリースされたこと。
その内の一台がユーノスロードスター。 それまで日本では"特殊な"存在だったオープンカーを一気に広め、オープンエアモータリングの楽しみ、更にはライトウェイトFRスポーツの楽しさを日本はもちろん世界に問いかけた一台です。
ユーノスロードスターとともに、マツダの多チャネル策の一環として「ユーノス」が産まれました。
当時、バブルの波に乗ってシェア拡大を目論んでいたマツダは販売チャネルの増強を図り、メインチャネルの「マツダ」、スポーツチャネルとして「アンフィニ」、地域密着型「オートザム」、フォードブランドの車を販売する「オートラマ」、そして高級路線の「ユーノス」と5系列を展開しました。
このうち、ユーノス店ではフランスのシトロエン、オートザム店ではイタリアのランチアを取り扱い、オートラマで扱うフォードと合わせて、輸入車の販売にも力を入れました。
ちなみに、当時北海道の地方都市に住んでいた私にはこの恩恵は多大なものがあり、お蔭でシトロエンとランチアを購入できました。トラブル率が日本車より高いラテン系の車は地方で使うには勇気が必要ですが、近くに正規ディーラーが出来たのはありがたいことでした。
今回ご紹介するユーノス800が世に出たのは1993年10月。 マツダの高級セダンといえば「センティア」がありましたが、もう一つの柱としてユーノスブランドのトップレンジというポジショニングが与えられました。
デザイン的には前年デビューのユーノス500に通じたもので、500が5ナンバー枠一杯のサイズであるのに対して800は堂々の3ナンバーボディ。 エンジンはコンベンショナルなV6・2500ccに加えて、技術面での高い注目を集めた量産車初のミラーサイクルV6・2300ccも用意され、ミラーサイクルモデルを上位に位置づけていました。
バブル期の開発だけあって、細部まで凝ったコストをかけた造りが特徴。 美しいハイレフコート塗装はボディを回転させて塗装するという拘りよう。 ボンネットはアルミ素材を採用して軽量化を図りつつ、前端のラッチをダブルにして高速走行時のガタ付きを完全に防止。 装備面でもガラスサンルーフに太陽電池を備えたものを用意し、発電した電気を用いてエンジン停止中でも換気ベンチレーションを作動させて炎天下の車室内温度を下げたり、余剰電気でバッテリーを充電するなどのアイディアが備わっていました。
デビュー当時のキャッチフレーズは「十年基準」。 拘わりぬいた造り込みで、10年の長きに渡って通用するクオリティを誇っていたのです。
しかし、このユーノス800がデビューした時、既に狂宴は終わっていたのです。
バブルが崩壊し日本経済は急降下。 マツダの経営も苦しくなり、1996年12月にフォードが持ち株比率を33.4%に引き上げ、本格的に傘下に入りました。
また、同年ユーノスというチャネルは消滅、その多くはアンフィニに統合されました。
チャネル廃止により、ユーノス800は1997年に名称を「ミレーニア」に変更。「ミレーニア」という名称はユーノス800時代にグレード類別名として使われており、北米ではデビュー当時から「マツダミレーニア」という名称で販売されていました。ちなみに欧州での販売名は「マツダクセドス9(ナイン)」でした。
"ユーノス800"改め"ミレーニア"は2000年に大がかりなマイナーチェンジを受け、特にフロントフェイスを大幅に変更。 五角形のグリルと大きめのヘッドライトでマツダ一族の顔つきになりましたが、如何せんデザイン的にはバランスの取れていない状態になってしまいました。 また、ミラーサイクルエンジンは消滅、2500ccと2000ccのV6エンジンというラインナップになりました。
このマイナーチェンジは、1999年にマツダのフラッグシップだった「センティア」が生産中止された事に伴い、「ミレーニア」が名実共に唯一の大型セダンと位置づけられたことも背景にあります。
こうして波瀾万丈の歴史を歩んできた"ユーノス800 → ミレーニア"ですが、2003年の夏ついに生産を終了。 前年には新世代の主力車種として「アテンザ」もデビューしており、すっかり存在感が薄まった中で、ひっそりと歴史に幕を下ろしました。
ところでこのユーノス800、私がユーノス扱いのシトロエンに乗っていたということもあってデビュー当時はユーノス店に頻繁に出入りしていたので印象に深く残っています。
シトロエンの代替えとして検討したこともありましたし、今乗っている車を買うときにも程度の良い中古を対抗馬として探しました。 デビュー間もない頃にミラーサイクルも通常のV6も乗った経験がありますが、良く造り込まれたことは実感できました。ただ、HOLDモード付きの4速オートマチックは決して褒められたマナーではなく、走りの全てをスポイルしてしまっているという印象があります。
デビュー当時は「十年基準」とか言っても5年もしたらモデルチェンジするだろう、と思っていたのですが、結果として10年の生涯を全うしました。
一時はどん底に陥ったマツダは見事な業績回復を遂げ、2006年3月期の連結業績見込みを上方修正、営業利益では最高益を更新する勢いです。 そんなニュースを見ながら、景気の波に翻弄されたユーノス800を思い出しました。
●ユーノス800・ユーザーさんのブログ 「MI DIARIO 」
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| トヨタセプター |
本日は制作&納品作業に終始した一日となりました。
カレンダーも2月に入って中旬になろうとしており、徐々にですがモータースポーツシーズンが本格始動してきたことを実感します。

さて、今日の話題は写真に写っている一台。 昨日、取材に行く途中で見かけた"珍車"です。
トヨタセプター。
北米市場をメインターゲットとして開発されたトヨタのFFサルーン。 同車は北米からの輸入車として、日本でも発売されました。 ボディラインナップは写真の4ドアセダン、5ドアステーションワゴン、更には2ドアクーペもありました。このうちステーションワゴンは日本でもそこそこ見かける機会がありますが、その他のボディは滅多にお目にかかれません。
アウトラインを紹介すると、同車は北米では「カムリ」を名乗っていました。 この時期、日本で売られていた「カムリ」は全く別物。 日本のカムリは4ドアハードトップと4ドアセダンの二本立てで、エンジンは2000ccと1800ccの直列4気筒、いわゆる"5ナンバーサイズ"でした。
対するセプターは3ナンバーサイズで、エンジンも3000ccのV6と、2200ccの直列4気筒というラインナップ。
つまり、日本と北米、それぞれのマーケット用に「カムリ」という名称の車が別々に存在しており、日本に北米の「カムリ」を「セプター」という名称にして輸入・販売していたということです。
このように仕向地毎に同名ながら異なるモデルを投入するケースは、最近まで見られた傾向でした。
トヨタで言えば「カムリ」は日本で1999年8月に登場したV20系から日米で同じモデルが同名を名乗るようになりました(ただしV20系には"グラシア"のサブネームがつきましたが)。 その前までは日米で異なる「カムリ」がそれぞれに存在していたということです。
ホンダでも「インスパイア」という名称で日本国内で売られているモデルは、北米では「アコード」となります。
ひとつの考え方として仕向地別にボディを用意して、名称はそれぞれの土地で車格的に相応なブランドを名乗る、というのはアリだと思います。 社会インフラや、日本では独特の3ナンバー/5ナンバー区分もありますから、ボディサイズや排気量による車格付けは国によって若干異なってくる物があります。
日本では大型セダンに分類されるボディサイズでも、アメリカでは中型サイズになったりするわけで。
しかし、最近の傾向としては世界共通化という流れがあります。 その背景には日本の3/5ナンバー区分がエンドユーザーにとってあまり気にならなくなってきたことがあるでしょう。
昔は排気量2000ccを境に自動車税が極端に高価だったり、3ナンバーお断りという駐車場があったりと、一般的に主流は5ナンバー車でした。 しかし、税制改正を機に3ナンバーは一気に大衆化し、今や大衆モデルのブランドネームですら3ナンバーボディになる世の中。
でも、そんなに日本のインフラって全長や全幅の大きなクルマに対応出来るように変わったのでしょうか?
クルマの肥大化は日本だけのことではありませんが、サイズを大きくするだけのメーカーの姿勢には疑問も感じます。 ただ、「サイズの小さな高級車」は日本では成功していませんからね…。マーケティング第一主義で行くと、ある程度の車格以上になると、必然的にサイズは大きくなってしまうのでしょうか。
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| ADVANモータースポーツ発表会 |
本日は、15時から横浜ゴムのモータースポーツ体制発表会を取材。
取材で使うものの買い物もしたかったので、午前10時すぎに事務所を出発。 まずはヨドバシカメラで、デジタルカメラの交換レンズを購入。 レース取材などで多用する望遠タイプレンズの新品を購入しました。
買い物の後は、発表会の会場となる恵比寿ガーデンプレイスへ移動。
12時30分頃に到着、隣接するウェスティンホテル東京のレストラン「ザ・テラス」でランチブッフェ。

食事を終え、14時30分前に発表会会場へ。 受付を済ませて会場内に入ると、ADVANカラーのラリーマシンが展示されておりました。この車両は奴田原文雄選手が全日本ラリー選手権で駆るものです。
発表会では今季のモータースポーツへの取り組みなどが説明された後、先のP-WRC開幕戦モンテカルロラリーで優勝を飾った奴田原文雄選手、トヨタスープラでSUPER GTに参戦するトヨタ・チーム・ツチヤの土屋春雄監督/織戸学選手/土屋武士選手、今季からフェアレディZでSUPER GTに参戦するKONDO Racingの近藤真彦監督/エリック・コマス選手/柳田真孝選手が壇上に。
ステージでのみなさんの挨拶が終わるとフリー取材タイムに移ったので、近藤監督と土屋監督にインタビュー。 また、色々な写真撮影や関係各位との懇談などで時間を過ごしました。
奴田原文雄選手にモンテカルロ優勝のお祝いを改めて伝えられたのが良かったかな。 ご帰国直後に電話でお話しはさせて頂きましたが、やはり直接お会いして伝えられたのは嬉しかったですね。
取材後は深夜まで怒濤の制作作業。 特にうちの社員にはデザイン要素のある作業を特急で仕あげさせたので大変だったでしょうが、なかなか良いクオリティの物が出来てきて満足(^^)。
モータースポーツ情報は"ナマモノ"なので、最適なタイミングで最適な情報を正確に世に出すことが大切です。 ですから年に何回かは極限的に時間に追われる事もありますが、今回の発表会会場でも色々と好意的なご意見やご感想を関係者の方や選手ご本人からお聞きできたので、仕事のやりがいもあるっていうものです。
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| 監修作業 |
本日はベネッセコーポレーションから依頼を受けた監修作業。
同社が運営している携帯電話サイトに掲載する、乗り物に関するコンテンツについて、内容の監修を依頼されたのです。

今回はクルマに関する内容は無く、電車や船、飛行機に関するものです。
例えば掲載した写真はカーフェリーの車両搬入口の一例ですが、このような実例に基づいて先方が制作したラフ画が正しいか否かをチェックしていくのです。
全部で15点ほどのラフ画をチェックしましたが、半分くらいには問題個所があり、添削。
内容は小児向けなので、どこまでのデフォルメを許容範囲とするかを見定めるのが難しいところです。 しかし子供向けだからといって間違いをそのままにしておくのは御法度。教育知育という分野なので、嘘や間違いは許されません。
私は出版系の企業は同社を含めて数社とおつきあいさせて頂いておりますが、いわゆる"自動車専門"の編集ではないので、ごくごく常識的かつ普通の会社員の皆さんです(決して悪い意味ではないです)。
ま、色々な意味で"自動車媒体"は特殊な世界ですからね・・・。
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| 厄払い |
終日デスクワークの一日。
制作作業というよりは、主にネットで調べ物をしていました。
そんな調べ物の過程で閲覧したのが、先にモンテカルロ・ラリーで優勝を飾った奴田原文雄選手のサイト。
その中にある「スーパーラリーコラム」を読んでいくと、興味ある記事を見つけました。
2005年2月号の記事ですが、2004年のシーズン中に、御祓いをしたという話です。 奴田原選手の出身は四国・高知県。 四国といえば「八十八カ所霊場」が有名ですが、そのうちの二十三番「薬王寺」に御祓いに行ったとか。

「薬王寺」は徳島県日和佐町にあり、私もお正月の四国半周で近くを通りました。
その時はあまり気にしていなかったのですが、改めて調べてみると「薬王寺」は厄除けのお寺として全国的に有名だそうです。
確かに私が通りがかった時も、お寺の周囲は多くの人で賑わっていました。
世界舞台で戦うプロ・ラリーストも御祓いを受け、その御利益もあってか伝統の一戦「モンテカルロ」で日本人として初めて優勝を勝ち取りました。
スーパー耐久関係者の皆さんも、「薬王寺」の存在は覚えておいて損は無いかも!?
私も正月通りがかった時に御祓いしてきた方が良かったかな・・・(^^;。
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| On the course |
今日は大切な打ち合わせの日。
道路渋滞の可能性を考慮して、午前8時に事務所を出発。
打ち合わせの約束は午前10時、思ったよりも道は空いていて午前9時30分にはクライアントさんの近所に到着。
幸いにコインパーキングも一番近いところに空きがあったので車を入れ、しばし車内でテレビを見ながら時間調整。
約束の5分前に訪問、小一時間の打ち合わせを行いました。
概ね先方の意向や要望をお聞きしましたが、微妙な相違点もあったりで難しい課題も生じてきそうな感じです。
打ち合わせを終えて車に戻り、某氏と長電話。 今回の打ち合わせ内容を鑑みて、今後のことを色々とお話ししました。
事務所への帰路も比較的スムーズ。 そんな中、車を運転しながら色々な事を考えました。 この時は、ここ10年くらいの自分自身の歩んできた道について、という感じで考えていました。

さて、上の写真は、ご存じ鈴鹿サーキット。
スーパー耐久でも使われている、本コースのストレート上です。
写っているのは、毎度お馴染み(?)のウチの社用車1号機。 1号機と言えば、この日の取材で訪れた栃木県某所にてお会いした方(スーパー耐久でもほぼ毎回お会いしています)に、「サーキットで他に絶対いない車種だから目立つよな」と言われました。
確かにそうですね。フツーのセダンだし(^^;。
何故そんなフツーのセダンが、天下の鈴鹿サーキットのコース上にいるのか。 もちろんこの車でサーキット走行をしたわけではなく、当時つとめていた会社の仕事で行ったドライビングスクールの運営上、コース上に居る必要があって自分の車で移動したというわけです。
最近はすっかりイベント仕事はやらなくなったなぁ…。 私がディレクションしたイベントって、ご参加された皆さんからの評判ってホンネのところでどうだったんだろう?
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