スーパー耐久第6戦 公式予選

幸いに青空が広がったスポーツランドSUGO、今日からは朝の車検を皮切りに公式日程に突入します。



いつもの車検は本当に「早朝」に行われることが多いのですが、今回は比較的ゆっくりしたスケジュール。

私は午前8時にスポーツランドSUGOに入りましたが、車検場前にはST1/2クラスの車両がずらりと並んでいて、まさに車検の真っ最中。

その後はドライバーズ予選、ピットウォークを経てグリッド予選と進んでいきます。

この間はいつもの流れと同じ動きで、ドライバーズ予選中はコースサイドでの撮影、グリッド予選中はピットまわりで撮影&予選推移状況のチェック。

予選の詳細は「The Super-Taikyu Race」にレポートや結果表を掲載していますが、今回もグリッド予選は最後の10分間に主力チームのアタックが集中する結果となりました。

この状況、観戦に来られたお客さんには分かりにくいかもしれません。
今回は特にコース上のオイルという要因もあり、グリッド予選開始序盤は1〜2台程度がコース上を走っているだけ、という状況が続きました。

こうした状況をお客さんが知る手段は、唯一場内アナウンスのみ。
しかし、聞いている限りは内容としてはまさに"実況"に留まっており、なぜこうなっているのか、終盤にアタックが集中する理由は何か、といった解説はありませんでした。

ただでさえ野球やサッカーと違って、戦っているフィールドの全てを見ることが出来ないのがモータースポーツ。
それを補う手段としてサーキットによっては大型のオーロラビジョンなどが設置されている場合もありますが、それが無ければ場内アナウンスが唯一の拠り所。

今、何が起きているのか。走っているのはどのチームの誰なのか。何のために・どのような思惑で走っているのか。
こうした情報を的確に伝える方策を検討しなければ、モータースポーツファン人口は減少していってしまいそうな気がします。

現場で何もわからないのであれば、テレビやインターネットで見た方が面白い。
それらのメディア露出がないカテゴリーは、ファンからの興味を失っていってしまうだけのような気がします。

スーパー耐久第6戦 練習走行

今日はスーパー耐久シリーズ第6戦の練習走行日。

午前8時にスポーツランドSUGOに入り、9時頃から走行受付業務。

The Super-Taikyu Race」のレポートにも記しましたが、時間とともに天候が崩れるという生憎の一日になってしまいました。
あ、もっとも一部チームは、このまま決勝も雨が降ることを期待しているでしょうが(^^)。



ところで今回のレースに関して、このようなニュースがありました。

●●SUGOスーパー耐久レース 地元密着へシフトチェンジ
河北新報  2006年9月27日 14時40分

今週末のレースにおいて、地元密着型のイベントが企画されていることが伝えられています。

今回のスポーツランドSUGO、そして4月に行われたシリーズ開幕戦の仙台ハイランドでは、ともに地元のタイヤハウスBESTが冠スポンサーとなっています。

このような開催地の地元企業によるスポンサードは大変意味のあることです。
なぜなら、例えそれが世界選手権であろうと、基本的に開催地の協力や支援が無くてはレースイベントとして成立しないからです。
やはり地元で話題になり、地元の皆さんが「見に行ってみよう」と思っていただけないと、例え最初は物珍しさがあるイベントでも、長続きはしないもの。

そういう意味で、ここ宮城県で開催されるスーパー耐久レースには、オーガナイザーやプロモーターの努力が感じられると評価しても良いでしょう。


プロフェッショナルからアマチュアまでが入り交じってしのぎを削りあうスーパー耐久。
そこには全国的に有名なドライバーから、地元でモータースポーツ活動を続けているアマチュアまで、多彩な選手/チームが参戦しています。

ぜひこれからは、開催各地の「地元のヒーロー」がスーパー耐久を舞台として誕生してくれるようになることを願っています。

東京 → 仙台

今日はスーパー耐久シリーズ第6戦のため、仙台までの移動日。

夕方にスポーツランドSUGO入りのスケジュールを組んだため、東京出発はお昼に設定。

思わぬ残暑となった東京、事務所から少々離れた駐車場にある社用車1号機のところへ行き、持っていく荷物を積み込もうとしたところ・・・。

キーをひねってもウンともスンとも言いませんでした・・・。

バッテリーが天寿を全うされた模様です・・・。

確かに装着してから2年以上経過していますし、比較的酷使されている筈なので致し方ないところなのかもしれません。
酷使の内容ですが、例えばパーキングエリアなどで車を停めて車内でパソコンを開いて作業する場合などは、基本的にエンジンは切っています。
ただ、電源供給の関係からアクセサリーポジションで長時間使うことも少なくなく、ついでにテレビをつけていたりもしますので・・・。

ということで急遽、社用車2号機にスイッチ。

やや遅れて東京を出発すると、上期の締めも近いということもあってか首都高速大渋滞。

迂回ルートで東北道を北上、ところが思わぬアクシデントが起こって、またも15分ほどのタイムロス。

17時50分頃にようやくスポーツランドSUGOに到着、明日の専有走行受付などで使用する荷物をコントロールタワーに預け、チーム関係者とともに仙台市内へ。

駅前の居酒屋で夕食、ホテルにチェックインしたのは22時すぎ。

そこから諸々の制作作業や来週の取材段取りに関するメールなどへの返信などを片づけ、床に就いたのは午前2時前になりました。

第6戦 SUGOの注目ポイント

いよいよ今週末はスーパー耐久シリーズの第6戦がスポーツランドSUGOで開催されます。

例年より1戦少ない今シーズンも残すところ今週末を含めて2戦となりました。

カレンダーもレースウィーク中に10月に入ります。
前戦の岡山までは暑さの厳しい戦いが続きましたが、さすがに9月末〜10月初旬の宮城県では秋模様も感じられるようになっていることでしょう。


さて、本館「The Super-Taikyu Race」にも記していますが、今回いくつかある注目ポイントのうちのひとつがSTクラス2の戦いです。

その主役はシリーズリーダーであるテストアンドサービスの11号車「オーリンズ・ランサーEVO・MR」。
そしてもう一台、RSオガワの20号車「RSオガワ ADVAN ランサー」。

2台のランサーによるタイトルをかけた一戦が繰り広げられます。



現在シリーズランキングトップの11号車は圧倒的に有利な状況で第6戦を迎えます。
第4戦・富士ではダンパーが走行中に折れるという思いがけないアクシデントに見舞われましたが、第5戦・岡山を完璧に制して4勝目を飾り、タイトル獲得に王手をかけました。



一方の20号車は開幕戦で準優勝を飾ってシーズンをスタート。
しかし第2戦・鈴鹿、第3戦・十勝で表彰台を逃して一歩後退。
今年も11号車とインプレッサ勢がシリーズ争いか・・・、と思った矢先、第5戦・富士ではトラブルで後退した11号車を尻目に今季初勝利。
そして第6戦・岡山でも今季2回目の準優勝を飾り、確実に速さに磨きをかけてきています。
 
気になるタイトル争いの行方ですが、第5戦・岡山を終えて11号車の94点に対して20号車は71点。その差「23」は決して小さな差ではありません。

残り2戦、つまり今週末の第6戦を終えると、あとは最終戦を残すのみ。
ということは、第6戦を終えて11号車が他のすべてのマシンに対して20点以上の差をつければチャンピオン確定となります。

では、第6戦の結果によるタイトルの行方をご説明しましょう。


●11号車が優勝
 この場合は文句無しでタイトル確定となります。

●20号車が優勝
 これで20号車の合計得点は「91」となります。
 つまり11号車は「111」以上を得点すればタイトル確定。
 現在の11号車は「94」なので、17点以上が必要。
 得点基準は2位でも「15」なので、20号車優勝の場合はタイトル争いは最終戦持ち越しです。

●11号車が準優勝
 この場合の11号車の累積得点は「109」。
 つまり「90」以上の得点を20号車は得なければ11号車のタイトル確定。
 順位で言えば20号車には優勝以外無いのです。

●11号車が3位
 この場合は11号車は「106」となります。
 「87」以上が20号車には必要ですから、これも20号車には優勝しか残されていません。
 ちなみに20号車が準優勝すると「86」となります。
 このまま最終戦で11号車無得点、20号車優勝ですと「106」で同点。
 しかし、11号車の4勝に対して20号車は2勝となり、勝ち星の差で11号車がチャンピオンとなります。

●11号車が4位
 このポジションですと11号車は「104」。
 「85」がタイトル阻止のポイントなので、20号車は2位以上ですとタイトル争いは最終戦持ち越し。
 なお、11号車4位以下の場合は2号車インプレッサにも優勝するとタイトル獲得の可能性が残されます。


ざっと計算してみると、こんな感じになると思います。


ちなみにスポーツランドSUGOは宮城県ですが、山形県が本拠地のRSオガワにとってはホームコース。
ウェブサイトの岡山レースレポートでは「勝ちに行く」「易々とシリーズチャンプは渡さない」と宣言しているRSオガワ、その戦いぶりは要注目です。

楊炎立ち上る滑走路

また一人、惜しい方が逝去されましたね。

●訃報 : 丹波哲郎さん 84歳 死去=俳優
毎日新聞 2006年9月26日

丹波哲郎さんと言えば、「007は二度死ぬ」への出演などで世界的にその名を知られる日本を代表する俳優の一人。

大物らしいエピソードも多く残した、本当の意味での"俳優さん"だという印象です。

映画、テレビと色々な作品を残されましたが、私もいくつか印象に残っていますし、とても好きな俳優さんの一人でした。

例えば「ホテル」。
高級ホテルの社主役でしたが、登場時間は短いものの、ドラマ全体を引き締める存在感がありました。

また「火曜サスペンス劇場 高林鮎子シリーズ」では弁護士事務所の所長役。主役である部下を上手にサポートし、随所で的確なアドバイスを与えるという役柄でした。

他にも色々ありますが、やはり丹波哲郎さんといえば私は「Gメン'75」に尽きると思います。

番組放送は1975年5月から1982年4月。1982年10月から1983年3月までは続編として「Gメン'82」も放送され、ともに黒木警視正(番組開始序盤は警視)を演じられました。

いまでもパロディとして登場する、楊炎立ち上る滑走路を横一列で歩いてくるオープニングシーンを覚えている方は少なくないでしょう。



その中央にいるのが丹波さん。帽子とコートが象徴的なアイテムでした。

ちなみに「Gメン'75」は第一回からしばらくはアメリカンナイズされたノリで作られていましたが、徐々に作風が変化。
社会問題を積極的に取り上げ、何かを視聴者に問いかける番組作りを見て取れました。
そして作品の多くは、なんとも形容しがたいエンディングの物も多くありました。
ハッピーエンドでもバッドエンドでもない。視聴者がある意味で期待する「スッキリ」した終わり方ではなく、なにか考えさせられる結末を良く見ることが出来ます。
この辺、単なるアクション一辺倒の刑事ドラマではなく、社会性を強く意識した番組だと言えるでしょう。

ちなみに私は「Gメン'75」は第一回以降、相当の本数をビデオに収めて保管してあったりします(^^;。


そうそう、もうひとつ丹波さん出演のドラマを思い出しました。
これは相当にマイナーな作品ですが、1985年に僅か3ヶ月だけ放送された「スーパーポリス」という作品。
プロダクションなどは「Gメン'75」と同じ布陣でしたが、設定やストーリーは突飛なもので、趣は相当に異なるものでした。
丹波さんは相変わらずの帽子&コートがトレードマークで、オフィスに入ってくると帽子を"ひょい"と放り投げ、それが必ず洋服掛けの帽子を引っかけるフックに掛かる、というシーンがありました。

突飛すぎた設定ゆえが短命に終わったドラマですが、エンディングテーマを歌っていたのは渡辺美里さん、「I'm Free」という曲はケニー・ロギンスが歌ったことでも有名な映画「フットルース」挿入歌をカヴァーしたものでした。
これ、渡辺美里さんのデビュー曲なんですよね。


最後に丹波哲郎さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

十勝バス

連休明けの月曜日は、朝から晩まで制作&納品作業に追われる一日となりました。

そんな中、届いた宅配便がひとつ。

そうです、またミニチュアカーを買いました。でも、ちょっといつもとは異なる趣の物を。



ごらんの通り、路線バスです。

この商品はバスのスケールモデルでは定評あるアドウィングというメーカーからリリースされたもの。

日野自動車のブルーリボン、路線タイプです。
そして事業者は北海道帯広市に本社を構える「十勝バス」。
私の故郷のバスで、通称「かちバス」。

同社で運行しているバスは、そのほとんどが日野自動車を採用。
ちなみに関東や関西で使われた"中古車"も多く使われています。

この黄色に青のストライプのカラーリングは、「十勝バス」の古いカラーリング。
今はラッピングバスが全盛のようですが、路線車両の基本カラーリングは黄色にオレンジのラインとなっているようです。



モデル化された黄色+青ラインは日野自動車のブルーリボンのサンプルカラーをアレンジしたものと言われており、車名にちなんだ青いリボンの絵もボディサイドに描かれています。

自家用車の普及率が高い十勝地方ではなかなかバスに乗る機会が無いのが実情ですが、私も高校への通学には時々利用していました。

ま、当時の印象としては「かちバス」は運転の荒いドライバーさんが多かったですかね・・・。



このブルーリボンカラーの「十勝バス」は、さすがにモデル化された前例を見たことがありません。

同社のバスはチョロQではモデル化されていますが、私自身がチョロQにはあまり興味が無いので、ひとつも持っていませんでした。

今回は精密なモデルがリリースされたということで、せっかくの機会だからひとつ手に入れてみた次第。

アドウィングでは全国各地の事業者をモデル化しているので、皆さんも故郷のバスを一台思い出に購入されてみてはいかがですか?

奴田原文雄選手、P-WRCで連勝!

思えば今週末の土・日曜は、土曜が祝日で連休だったんですね。

当初は私も土曜か日曜のいずれかでお台場方面にでも行ってみようかと思ったのですが、なんとなく足を運ぶまでの魅力や必要性を感じられなかったので、おとなしく制作作業を進行させておりました。

とは言え、日曜日は各地で様々なモータースポーツイベントが開催されています。

九州は福岡県・三井オートスポーツランドでは全日本ジムカーナ選手権の第9戦。他のカテゴリーよりも一足先に、全日本ジムカーナはこれで最終戦となります。
 
方や北海道では全日本ラリー選手権の第8戦。

そして海の向こうではFIA世界ツーリングカー選手権(WTCC)の第15/16戦がトルコで開催されました。

また、FIA世界ラリー選手権(WRC)もキプロスで開催されており、FIAプロダクションカー世界ラリー選手権(P-WRC)も同時開催されました。



写真のミニチュアカーはラリー界ではお馴染み、ADVANカラーの三菱ランサーエボリューション。
このモデルは1997年の全日本ラリー選手権に参戦したマシンで、クルーは奴田原文雄選手と小田切順之選手。
 
 
国内外で行われているモータースポーツイベントの情報をインターネットなどで集めながら時間を過ごしていたのですが・・・。

見事、奴田原文雄選手がラリー・キプロスで優勝を飾り、ラリージャパンに続いての連勝、開幕戦のモンテカルロと合わせて今季3勝目を飾りました!!
 
いや〜、めでたい(^^)。

今季ここまで4戦に参戦して、そのうち3大会で優勝ですよ。

これでシリーズランキングトップのアルアティヤ選手とのポイント差を"8"に詰めた奴田原文雄選手、残す戦いは2戦。

次戦はアルアティヤ選手の欠場が決まっているので、三連勝で一気にランキングリーダーに立つ可能性も十分に出てきました。
そしてもちろん、シリーズチャンピオン獲得の可能性も高まってきたのです。
 


さらに全日本ラリー選手権の連覇もかかる奴田原文雄選手、P-WRCキプロス参戦のために欠場した全日本第8戦では炭山裕矢選手が初優勝を飾ったことで、シリーズを争うライバル・勝田範彦選手との戦いは最終戦に持ち越されました。
 
同じシーズンでFIAプロダクションカー世界ラリー選手権(P-WRC)と全日本ラリー選手権、国内外ふたつのタイトルを手中にすれば、それはまさしく快挙。

モータースポーツシーズンも終盤に入ろうとしていますが、これらラリーシリーズと奴田原文雄選手の戦いぶりには要注目!です。

パトカー&消防車いろいろ

今日の話題は何日かに一度は必ず書かれているミニチュアカーのネタです。

色々あるなかから取り上げるのは、トミカパトロールカーと消防車。



まずは懐かしいところからスタートです。
写真は初代ホンダシティのパトロールカー仕様。アピタ・ユニーオリジナルの一品です。

初代ホンダシティといえばアマゾネスのコマーシャルを記憶されている方も少なくないでしょう。
背の高さを売りにユニークなコマーシャルでデビューしたのは1981年10月のことですから、今から25年前の話になります。

ハイルーフ仕様やターボ仕様、カブリオレなどバリエーションを次々に拡大していったのも初代ホンダシティの特徴でした。

また、カーゴルームにスッポリ収まる「モトコンポ」は、サーキットでは今でも現役で使われていたりします。



今回のモデルは白黒パトカー仕様とされ、ルーフにはエアロソニックタイプの赤色警光灯が装着されていますが、実際に当時はまだこのタイプは出回っていなかったと思います。

ちなみにボディサイドの表記は「沖縄県警察」。
 

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PCメンテナンス・その3

私にとってのメインPCであるPanasonic 「Let's Note」CF-W2BW1AXRをメンテナンスに出したことは、この日のエントリに記しました。

その後、4日続けての出張があり、その間は基本的にモバイルはなし。
そして木曜日にメンテナンスを終えたマシンが戻ってきました。

今回行った内容はレッツノートクリニックというサービスプログラム。
本来は「My Let's倶楽部」というメーカー直販サイトでの購入者のみが対象のようですが、「Let's Note 10周年」を記念して期間限定で既存の一般ユーザーもサービスを受けられるようになっていたのです。

マシンは松下電器神戸工場に送られてメンテナンスを施されます。往復は航空便なので、驚くほど短期間でメンテナンスを行ってもらえるのはありがたい限り。


戻ってきたマシンにはカルテのようなものがついてきます。

作業内容はキーボード交換、タッチパッド/ボタン交換、トップケース交換、サイドカバー交換、ディクスカバー交換、HDDチェック、一般動作確認、ウイルスチェック、ACアダプタチェック、そして本体清掃。

まもなく購入から丸三年、常に触れるキーボードやタッチパッドには相当使い込んだ痕跡がありましたが、見事にフレッシュに蘇りました。

またHDDチェックの結果、若干の不良クラスタも認められましたが、現状で動作に支障は無いのでしばらくは様子見。
嬉しいことに、こちらも年季が入っていたACアダプタは、予防交換ということで新品が送られてきました。


う〜む、こんなに色々とメンテナンスされて、何と費用が"O円"とは!

しばらくは今のPanasonic 「Let's Note」を使い続けますし、次のマシンに入れ換えるときもPanasonic 「Let's Note」が筆頭候補間違いなしですね。

東京 → 高崎 → 東京

今日は4日連続出張の最終日。

向かった先は高崎市にある群馬三菱自動車販売の中央店。

ここでは、三菱ランサーエボリューションをベースにした競技車両の資料写真撮影。

エンジンや室内など、車両の細部について、資料や今後の制作用素材となる写真を撮影しました。

ちなみに本来、今日はこの競技車両に後日ムービーカメラを装着するための下見が主目的。
そのついでに写真撮影を、とご一緒させていただいた次第です。



ところで今日の取材場所は群馬三菱自動車販売、つまりは三菱のディーラーさん。

ということで一石二鳥(?)を目論み、今日の取材には社用車2号機を引っ張りだしました。
そして取材の合間でエンジンオイル&フィルターの交換作業を依頼。

取材した競技車両のドライバーさんから勧められたこともあり、FORTECを入れてみました。

ちなみにショールームにはモデルチェンジしたばかりのeKが飾られていました。
撮影会社の方たちは熱心にeKの細部をチェックしておられましたね(^^)。

ちなみに撮影会社のディレクター氏はちょっと懐かしいイタリア車にお乗りですが、私も久しぶりにラテンの車が欲しくなってきました。

でも、大井貴之選手は、ちょっと懐かしいイタリア車でご苦労されているようですし・・・。

筑波 → 東京

九州で猛威を奮った台風も去り、関東は朝から気持ちよい青空が広がりました。
筑波サーキットも快晴、もちろんコースコンディションはドライ。

そんな絶好のコンディションで今回のニッサン レーシングスクールは開催されました。



講師は田中哲也選手影山正美選手選手。
このお二人には一昨日のZ-car MEETING at EBISUでもお会いしているな(^^;。

スクールは順調にメニューをこなしていきます。
今回は平日開催ということもあって参加者が少なめ。ということは逆に言えば参加者にとっては走りやすく、かつ講師から受けるレクチャーもより濃いものになるので、メリットが大きかったと思います。

このスクール、毎回お手伝いしている中で気になることがあります。
それは、事前の参加申し込みや当日のタイムスケジュール管理をきちんと出来ない人がチラホラ見受けられるということ。

参加申込書については押印忘れや貼付すべき写真が欠落しているなど。
これらは当日の受付時に持参してもらって対応していますが、レース本番の申し込みでは書類不備によって不受理とされても致し方の無いものです。

また、タイムスケジュールも朝一番の講習で説明した上に、全員に紙を配っているにも関わらず、守れない人がいます。
指定の講習開始時間に来ないでおいて、「そんな時間については聞いてない」と平気で言える。あり得ませんね。
確かに「聞いていなかった」のでしょう。レース本番ではどうするつもりなのでしょうか。

既にレースに参戦している参加者も少なくないですが、今一度こうした基本的なことについて見直してほしいですね。
レースは速いだけでは偉くありません。こうした"当たり前のこと"をひとつひとつしていくことは、レーシングドライバー/チームに課せられた責任でもあるのですから。

東京 → 筑波

時計の針がお昼をまわった頃に事務所を出発。
向かう先は筑波サーキット
ここは以前の住所は茨城県結城郡千代川村でしたが、ご多分に漏れず「平成の大合併」により住所が変わり、今では茨城県下妻市です。

東名高速から首都高速3号線に入り、そのまま環状線を経て5号線、中央環状を抜けて6号線に入り、そのまま常磐道で谷和原ICまで、というのが普段のパターンです。

しかし・・・。

首都高3号線大渋滞!

駒沢あたりから動かなくなり、その移動速度は"大渋滞"の部類。
たまらず池尻で下りて山手通りを北上、新宿を抜けて5号線・高松ランプから再び首都高へ。

幸いに山手通りは混んでおらず、5号線も高松で乗るとすぐに分岐して中央環状に入るので、超スムーズ。



無事に集合時間の15時前に筑波サーキットに到着。

しかし、集合時間を決めた張本人はここから実に1時間遅刻してやって来た・・・。
いいのか、これで!?


とりあえず明日行われるニッサン レーシングスクールの準備をサクサクと片づけ、終了後はホテルへ移動。

今回のホテルは・・・、筑波学園都市の片隅にありました。
近所にコンビニなどは無く、携帯電話の電波状態が悪い。
部屋には冷蔵庫無し。懐かしいダイヤル式の電話器がひとつ。
エアコンは部屋毎に家庭用っぽい機器があり、フィルターがほぼ完璧に詰まっていて、作動させると凄い音量。

相変わらず、よくこんなホテル見つけてくるな・・・。

東京 → 二本松 → 東京

早朝に社用車1号機で東京を出発、向かうは福島県のエビスサーキット

その道のりは片道およそ320km。なんとも中途半端な遠さを感じる距離だったりします。

しかも天候は日本列島への台風の接近もあって雨。
東北道に入り、所々で土砂降りをかいくぐりながら北上を続けます。

10時すぎにエビスサーキットに到着。
本日は「Z-car MEETING at EBISU」の取材です。

Z-car MEETING at EBISU」はニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(nismo)などが中心となって開催されるZ33型・日産フェアレディZのお祭り。

有名チューナーが作り上げたデモカーによるワンメイクレースや、一般参加型走行会、2005年モデルのSUPER GT車両のデモランなどが行われます。
また、ステージでは「WOODONE ADVAN KODNO Z」でSUPER GTに参戦している近藤真彦監督と荒聖治選手らによるトークショーも開催されました。



雨の中、近藤真彦監督もステアリングを握ってコースを走った、ADVANカラーをまとうNISMO フェアレディZ RS CONCEPT

同車はZ33型・日産フェアレディZをベースに、nismoがノウハウを投入して作り上げたサーキット走行を楽しむことを目的としたものです。

Red in blackのADVANカラーも誕生から長い年月を経ていますが、全く古さを感じさせない普遍的なカラーリングですね。
これほどペイントされる車を選ばない秀逸なカラーリングも珍しいと思います。
 


こちらのNISMO フェアレディZ RS CONCEPTnismoのデモカー。
「Z-car Challenge」というワンメイクレースに参加、影山正美選手のドライブで見事な圧勝を飾りました。


空模様が残念な一日でしたが、イベントも無事に終了。
18時ころにエビスサーキットを後にして東京へと向かいます。

三連休の最終日ということで若干の渋滞もありましたが、22時頃に東京着。

こうして4日連続出張の初日は終了しました。

鬼が笑うホテル予約

みなさんはホテルの予約はどのようにされていますか?

チーム関係者、特にマネージャーさんにとって、ホテルの予約は重要な仕事のひとつ。
レース時のチームは大所帯になるので、その全員分のホテルを確実に抑えておかなければ、大変な事態になってしまいます。

しかし、どこのサーキットの戦いでも人気のホテルは予約も超激戦。
特に御殿場や鈴鹿のホテル争奪戦は、なかなか凄まじいものがありますね・・・。


そんな中、私の場合は自分と社員分のシングル2部屋という少なさなので、比較的予約も簡単にとれる方ではあると思います。
しかし、やはりレース期間中は人気のホテルは早々に埋まってしまうケースも多く、希望通りの予約をするには早め早めの行動が必須。


最近は各サーキット近辺に"常宿"も出来てきており、ホテルに直接メールやウェブ上から予約したり、場合によっては楽天トラベルを使ったりして予約作業を進めていきます。



そんな中で今回予約したのは、北海道・帯広市内のホテル。

そうです、2007年の第14回十勝24時間レースに向けた予約を、もう済ませたということです。

実は十勝24時間レースは準国際格式で開催申請されているので、既に申請内容は公表されています。
もちろんまだ確定ではありませんが、あまり日程が変わる要素も見当たらないので、暫定的ではありますがホテルの予約に踏み切った次第。

ここ数年の"常宿"の宿泊予約担当者にメール、かなり先の予約ではありますが快くOKしていただきました。

PCメンテナンス・その2

トラブルを起こした社員のPCに続いて、私が使っているノートPCもメーカーのメンテナンスに出すことにしてみました。

ウチがメインで使っているノートPCは社員用PCはPanasonic「Let's Note」
私のが2003年秋に購入したCF-W2BW1AXR、社員用が2004年秋に購入したCF-Y2DW1AXR

私の使っているモデルの方が1年長く使っており、使用環境も厳しい場合が多いのが事実。
逆に言えば、その割にはこれまでトラブル無く使い続けて来られているので、Panasonic「Let's Note」はとても優秀なパソコンという印象があります。

いまだに電池も省電力モードで3時間近く実用駆動しますし、光学ドライブ内蔵ゆえに出先でもCDを焼いたり、ソフトをCDからインストールすることもラクラク。
ついでにいえば光学ドライブ内蔵型は、メンテナンスの時に面倒な外付けCDドライブ認識作業がないので、非常に楽ちんです。

LANポートや無線LANを内蔵している点もモバイルでは便利ですね。

軽さも鞄に入れて苦にならないレベル。
ただし、スピーカーはモノラル1個であるなど、エンターテイメント性は割り切られています。

あくまでもビジネスユース主体で考えるのであれば、文句無しの100点満点を与えられます。


さて、そんなノートPCですが「Let's Note」10周年記念として、既存ユーザーを対象としたメンテナンスキャンペーンが行われています。

外観もさすがに3年を経て少々くたびれているので、メンテナンスに出すことにした次第。
仕事のスケジュールなども考慮して、この週末の連休明けまでをメンテナンス期間に充てることにしてみました。

PCメンテナンス

先のスーパー耐久岡山ラウンド予選日、ウチの社員のパソコンにトラブルが発生しました。

復旧を試みるも手に負えず、Panasonicにメンテナンスに出すことに。

結局はHDD交換となり、かかった費用は約5万円。

無事に戻ってきたPCですが、ここから諸々のセットアップをかけていかなければなりません。

バックアップしてある必要なデータの移植、ソフトウェアのインストール、インターネットやメールの設定、外部サーバーネットワークの設定にVPN設定・・・。

まぁ、いろいろな設定があり、実に多くのIDやパスワードがあると実感するものです。

トヨタベルタ

今日は、昨日までの取材出張で使ったトヨタベルタのインプレッションです。



トヨタベルタのデビューは2005年の11月。もう少しで丸一年を迎えようとしています。

ポジショニングとしてはトヨタラインナップのボトムレンジを担います。特に4ドアセダンボディとしてはトヨタ最小サイズ。
コンポーネンツの多くをヴィッツと共用しています。

そしてこの車の存在を語る上で忘れられないのが、重要な世界戦略車種であるということ。
日本以外でも、ヨーロッパを除く世界129ヶ国で販売されているのです。
北米などでは若年層や高齢者、女性ユーザーがターゲット。
一方、アジア各国などでは一般庶民への自動車の普及が進んでいる中で、ファミリーカーとしての需要に応えています。
 

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福岡 → 高知 → 東京 / 悲願達成取材・その2

午前10時、西鉄グランドホテルをチェックアウト。
なんだかんだと午前4時近くまでパソコンで仕事をしていたので、やや寝不足気味・・・。

取り敢えずレンタカーで移動開始。
今回はトヨタベルタを借りたのですが、資料用の写真撮影のためにマリナタウン海浜公園の駐車場に向かいます。

現着後、特急作業でトヨタベルタの外観や内装、細部を撮影。
ちょうど撮影終了と同時に雨が降り始めました。

その後はちょっとドライブ・・・、を予定していたのですが、思うところあって福岡空港へ。

早々に日本航空の有人カウンターに趣き、チェックイン手続き。
終了後は福岡空港周辺で写真撮影。



国際線ターミナルにいたのは台湾のEVA Airwaysが運航しているハローキティジェット
機材はAIRBUS A330-200です。

空港のまわりを一周、最後はいつものポイントで撮影を終えて、レンタカーを返却。

いよいよ、今回の取材旅行も折り返しです。
 

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東京 → 徳島 → 福岡 / 悲願達成取材・その1

午前8時前、コンパクトにまとめたカメラなどの取材機材とパソコンの入ったアタッシュケースを手に出発。

向かった先は東京国際空港
駐車場に車を入れて、早々にセキュリティチェックを受けて出発待合室へ。



エプロンの向こうに見えるは航空自衛隊の特別航空輸送隊に配属されているB-747、俗に言う政府専用機です。

もちろんこれに乗るわけも無く。



私が搭乗したのは日本航空エアバスA300-600R
元をただせば、経営統合する以前の日本エアシステムが1991年から導入した機材です。

以前も記しましたが、私はこの機材は乗り心地が気に入っています。
今回もスムーズな加速感と、アメリカ製機材とは違った洒落た雰囲気の内装を改めて実感。

1時間15分ほどのフライトで到着したのは徳島空港
到着後は屋上の送迎デッキをチェックした後、空港沿いの遊歩道を移動してエプロン端のポジションへ。

ここからはエプロンと滑走路を一望でき、なかなか手軽で良い撮影スポットです。



徳島空港防衛庁が所管する空港で、ターミナルの反対側には海上自衛隊の施設があります。

ここには徳島教育航空群があり、TC-90という双発の訓練機などが頻繁に離着陸を繰り返しています。


そして徳島到着から2時間ほどが過ぎた時。

やっと、目的の"アレ"がやって来たのです!
 

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レースの魅力

出張から戻ってそのまま早朝まで仕事をしていたので、寝起きは最悪・・・。
しかし、月曜日ということで、いくつかのレギュラー制作作業に夕方すぎまで取りかかっておりました。


F1をはじめとしていくつかのモータースポーツイベントが開催された週末でしたが、その中でツインリンクもてぎではSUPER GTが開催されました。

国内ツーリングカーレースの最高峰、SUPER GT
相変わらずの人気ぶりで観客動員数はスーパー耐久とは比べ物にならないほどです。


しかし、最近のSUPER GTは少々分かりにくい、という声も聞かれます。

その理由は「性能調整」。
ハンディウェイトやリストリクター径による性能調整が細かく設定されており、これが果たしてレースを本当に面白くしているのか?という議論があるようです。

ハンディウェイトはSUPER GTに限らず、世界中の色々なカテゴリーで採用されています。
しかし、リストリクターでの調整とあわせて、SUPER GTの性能調整システムは非常に細かく、関係者ですら完璧に理解出来ている人は少ないのではないかと思われます。

性能調整を行う最大の理由はレースを面白くするため。
特定チームや車両の独走を防ぎ、毎大会常にバトルが展開されるように、という主催者側の思惑によるものです。
つまりは「ショーアップ」のための策なんですね。



方や、スーパー耐久ではそのようなシステムは導入されていません。
一部車種については最低重量の緩和などが施されていますが、大会ごとの結果を受けての調整は行われていません。
ただし、スーパー耐久でも性能調整に近い主旨で策が講じられたケースはこれまでにもあり、それは混乱の要因にもなってきました。


純粋な競技、スポーツとして捉えれば性能調整は行うべきではないでしょう。
個々が実力を出し切ってぶつかりあう真剣勝負を行えば、自然とそこには観戦する側にとっての魅力が生じるからです。

しかしモータースポーツならではの特殊性もあります。
ワンメイクレースならまだしも、複数の車種が混走する場合は、クルマ選びの段階で性能の差が生じます。

そしてチーム間の資金力や総合力の差も、結果に反映されてきます。

これらをドライに見れば、車種選びは原則的に自由なのですから、規定の範囲内で各チームが勝ちたければ勝てる車種を選べば良いだけです。
資金力や総合力も、強いチームはそれだけ努力もしているわけですから、その点も尊重すべきだとは思います。

ただ、そうしてしまうと車種はワンメイク化が進み、チームは特定チームの戦力が突出してしまう傾向になってしまいます。


この辺のサジ加減が難しいところで、ショーアップが観客の魅力になるのであれば、色々な車種が同じような戦力で競い合うのが面白い、ということになります。
まさしく、SUPER GTが向かっている方向ですね。

では、スーパー耐久は、どうあるべきなのでしょうか。

これは主催者や参加者の間で早急に明確なビジョンを構築しなければならないと常々思っておりますが、最初は純粋な参加型レースであったスーパー耐久も、今では全国をラウンドする一大シリーズに成長しています。

観客動員も増やしたいのが主催者・参加者共通の願いですし、媒体露出も現状ではまったく満足出来るレベルではありません。
しかし、シリーズが肥大化することで、ついてこられなくなるチームが出ては意味がありません。

比較的参加が容易でありつつ、見ても楽しめるレース。

それが理想であると言えるでしょう。


個人的にはスーパー耐久の性能調整は、「速いから重くする」のではなくて「遅い車を速くできるように規制緩和する」という現状の方向性で間違っていないと思います。

速いクルマを造り上げたチームの努力も重りで潰されることはありませんし、若干力不足のチームに対してはハードルを少し下げることで向上意欲を発揮させられると思います。

そして、その調整をよりシステマティックに明文化することで、誰もが分かりやすい制度に造り上げることが必要ではないでしょうか。

少なくとも市販車の個性が活かされるレース、というのはスーパー耐久の大きな特徴ですから、その点はきちんと守った上での魅力向上策を講じてほしいものです。

D1グランプリ・第6戦 鈴鹿

本日は鈴鹿サーキットD1グランプリの取材です。

これまで関西で開催されたことがなかったD1グランプリ、初の関西戦はモータースポーツの聖地"鈴鹿"が舞台となりました。



鈴鹿名物「観覧車」をバックにドリフトするマシン。

今回はコースを逆走で使用、ダンロップコーナーから審査ポイントとなります。

午前中は灼熱の暑さ。

しかしお昼すぎに一転暗雲が上空を覆い、なんとベスト16トーナメント開始30分前に大粒の雨がコースを濡らします。
幸いに雨は10分ほどでおさまりましたが、コースは完全なウェットに。
そこで16台のマシンがウォーミングアップ走行を重ねて、コースチェックを兼ねて路面を乾かすことに。

戦いは今回も激戦で、驚きの超接近追走戦もありました。

最終的には平岡英郎選手が初優勝となりました。

ちなみに個人的に気になったのは、このマシン。


山下広一選手が駆るRX-8は、残念ながらポテンシャル不足気味でベスト16には残れませんでした。
しかし、独特のスタイリングが異彩を放っているだけに、ぜひ戦闘力を高めて上位進出を果たしてほしいものです。


私の取材は早々に目的を達成、決勝戦終了前にサーキットを後にしました。

途中、鈴鹿インター入口手前で燃料補給。社用車1号、往路の燃費は10km/Liter。
ついでに洗車機に車を通して、エアゲージでタイヤの空気圧チェックと調整。

あとは東名阪〜伊勢湾岸〜東名といういつものルートでひた走り、22時すぎに東京に到着。
その後は午前5時くらいまで制作作業に従事した一日でした。

東京 → 鈴鹿 → 大和郡山 → 鈴鹿

今週末も取材のため出張。
D1グランプリ・第6戦が開催される鈴鹿サーキットに向かいます。

先の週末、岡山国際サーキットで開催されたスーパー耐久・第5戦の往復で走った東名高速道路をまたまた移動。

今回は鈴鹿市内で前泊のため、土曜日が移動日となりますが、比較的時間の余裕を多めにとったスケジュールで動けたため、ノンビリと西を目指します。

お昼過ぎに鈴鹿サーキットに到着。
こちらの申請手違いもあって取材申込み手続きで少々時間を食った以外は大きなトラブルもなく。

夕方にはスーパー耐久・第2戦の時にも泊まったホテルグリーンパーク鈴鹿にチェックイン。
ここは無線LAN完備に加えて、VPNが使用できるので、いくつかの仕事をサクサクと片づけることが出来ました。

あたりもすっかり暗くなった20時に夕食のためにホテルを出ます。

向かった先は約100km西の奈良県・大和郡山市
この街の名物は「金魚」だとか。知らなかったなぁ・・・。


某氏と落ち合って、焼肉を食しながらレース談義やら何やら。

23時すぎに解散、来たときとは逆に国道25号線「名阪国道」を通ります。


この道路、高速道路ではありませんが自動車専用道。
最高速度は60km/h制限ですが、それを遵守しているクルマは稀で、大阪と名古屋を結ぶ大動脈ゆえに深夜でもトラックなどがひっきりなしに走っています。
急カーブの連続区間も多いので、この道は慎重な運転が求められます。


日付が変わり、1時にホテルグリーンパーク鈴鹿に帰着。
明日に備えて早々に就寝。

車両管理

みなさんの年間走行距離はどのくらいでしょうか。

ひとつの数字としては1,000km/月、12,000km/年が中古車市場などでは一般ユーザーの走行距離の目安とされています。


私の場合、1ヶ月の走行距離は平均して2,500kmくらいでしょうか。
通勤はありませんが、取材などで全国をまわると週末に一気にオドメーターの数値が増えていきます。

モータースポーツシーズン中は、月に5,000km以上走ることも珍しくありません。

さらに今は2台の車を抱えているので、ついつい忙しさを理由にしてメンテナンスも疎かになってしまいがちです。

その昔、20代のころは車にノートを常備しており、毎日の走行距離や給油・メンテナンスの記録などをつけていました。

こうした独自の"カルテ"は何かと役に立つものです。

そこで私もこの春から、携帯電話の「携帯クルママネージャー」というサイトを活用するようになりました。
基本は燃費管理ですが、簡単なメンテナンスの記録も残すことが出来ます。

無料版の内容でも充分に実用性がありますので、これはお勧めですよ!


ソアラとレクサスSC430

今日話題に取り上げるのはトヨタ自動車からリリースされていた高級パーソナルクーペ「ソアラ」について。

初代がデビューしたのは1981年。
「未体験ゾーンへ」というキャッチコピーを掲げたこの新しいブランドネームは、最先端のDOHC直列6気筒、2800ccエンジンを最高峰グレードに搭載。
それまで日本メーカーが事実上手を出したことの無い高級パーソナルクーペでした。

ちなみに当時はクラウンにも2ドアハードトップが存在していました。
また、日産は長くセドリック/グロリアで2ドアハードトップをラインナップしていましたが、1980年にデビューしたレパードに高級パーソナルカーというターゲット層を譲っていました。

そのレパードについては以前の記事に記しましたが、前衛的なスタイルながらメカニズム的にはキャリーオーバー技術が残され、1970年代の面影を引きずっていた面もありました。

しかし初代ソアラは日本車として初採用されたデジタルメーターにも象徴されるように、新しい時代の幕開けを体現していたのです。


当然、人気はうなぎのぼり。
当時、クラウンロイヤルサルーンよりも高価なプライスタグをつけた「ソアラ2800GTエクストラ」は憧れの的となりました。

そしてキープコンセプトでモデルチェンジを果たして2代目にバトンタッチされたのが1986年。
人気は持続するどころか、80年代末期から90年代初頭の好景気の影響もあって、外国車がシェアを伸ばすなかでも確固たる存在感を見せていました。

しかし、1991年にデビューした3代目はアメリカ市場を意識したフェイスが賛否両論。
基本的なシルエット、特にサイドビューの"法則"は歴代モデルから踏襲されていたのですが、如何せん"顔つき"については日本人好みとは言えなかったかもしれません。
 

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イヤー・カー

秋の雰囲気が徐々に感じられるようになってきた今日この頃。

この季節になると、自動車業界では「村祭り」の話題が出始めます。

それは「イヤー・カー」の話題。

一般的に認知度が高いと思われるのは「CAR OF THE YEAR JAPAN (J-COTY)」。
さらにもうひとつ、「RJCカー・オブ・ザ・イヤー」というものもあります。

この両者の違いは主催している団体、もうちょっと突っ込んだ言い方をすれば参加している媒体にあります。

どちらかがより権威がある、というものでは無いとは思いますが、まぁ基本的にお互いを牽制し合いながら毎年"イヤー・カー"を選定しています。

しかし、自動車愛好家の間ではイヤー・カー選びに疑問を投げかける声が少なくないのも事実。
実際、過去のイヤー・カー受賞歴を見ても、決してセールス的に成功とは言えなかったり、選考理由がいま一つピンとこないものも少なくありません。

イヤー・カー選びは単なる自動車媒体業界の内輪で行われている「村祭り」と割り切ってみればどうということはないのですが、実際には一般新聞などでも取り上げられて、さも権威ある賞のように思われている面もあります。

実際、一年に多数デビューを飾るクルマたちの中から「ベストワン」を選定する、という作業は困難を究めるでしょう。
何を以てベストワンなのか。

自動車が耐久消費財、商品である以上は、マーケットから支持されることが必要です。
しかし、社会性や工業技術の面も考慮して、例えマーケットで人気が無くとも優れた面があったり、将来に有益な提案性があるクルマであれば、それも選考理由となり得ます。
また、嗜好品的な要素を含めれば、単純に格好よかったり、憧れの対象という理由も充分に通用します。

しかし近年のイヤー・カーは、その辺が中途半端というか、深く見れば見るほど「なんだかなぁ」という選考過程も見え隠れしています。

良く言えば自動車メーカー、特に広報の努力。
端的に言い表せば癒着と馴れ合い。

この時期、海外での試乗会や自動車メーカーが自ら発注する原稿制作・イベント仕事が選考委員をターゲットとして増えてくるのは、今では一般のユーザーでも知るところとなってきました。


そんな中で新しい試みも動き出しました。

あなたが選ぶ カー・オブ・ザ・イヤー (CCC)」は、インターネットを活用した新しいイヤーカー選びです。
一般の誰もが登録して選考委員となり、今年のベストワンを選出します。

このCCCについては、その発足までの経緯などにスッキリしない部分もありますが、エンドユーザーの声を上手に吸い上げることが出来れば、とても意味のある企画ではないかと思います。

しかし、物の本などによると、業界内部はこの新しい試みのスタートを受けてドロドロしている模様。
イヤーカー選びというイベントは、今や利権構造が構築されてしまっているようですね。


果たして「あなたが選ぶ カー・オブ・ザ・イヤー (CCC)」は成功するのでしょうか。

そしてどんなクルマが選び出されるのでしょうか。
既存のイヤー・カー選考と違いが出るのか、それとも同じクルマが選ばれるのか。

この秋、ちょっと注目してみたいと思います。

大阪 → 東京

午前11時のチェックアウトタイムにホテルモントレ大阪をスタート。
長かった出張もようやく終了、今日は大阪から東京への移動日です。

中之島ランプから阪神高速道路に乗り、そこから名神高速道路、そして東名高速道路と移動。

静岡県内に入り、由比パーキングエリアで一休み。
ここは駐車スペースが狭いのでいつもは素通りしていたのですが、今回はなんとなく立ち寄ってみました。

すると建物の屋上は展望台になっており、太平洋を一望できることを発見。

しかし、何故かカメラを取り出して撮影したのは、雄大な太平洋ではなく、目の前の東名高速道路を走り去っていくトラックたち(^^;。



ボルボ・トラックFM トラクターがやってきました!
危険物積載車の表示があり、トレーラー部のタンクには「CHEMICALS TRANSPORT」とありますので、何かしらの薬品や化学物質を輸送しているようですね。



次は、街中でも良く見かける車両積載車。
荷台には懐かしい初代のフォルクスワーゲンビートル、「かぶと虫」が載せられています。
手持ちで1/60秒のシャッタースピード、ボケ気味ですがスピード感にあふれる車両積載車の「横っぱしり」です。



最後はネコが来ました。
ヤマト運輸のトラックですが、これはちょっと珍しいタイプ。
キャビンが4ドアのダブルキャブになっています。さらに荷台後部にはパワーゲートが備わり、かつ荷台前端上部の出っ張りから空調設備を有していると思われます。

恐らくは美術品や貴重品を輸送するための専用車。
厳密な空調管理を求められる絵画や骨董品などを運ぶ場合などに活躍しているのでしょう。
ちなみにキャビンがダブルキャブになっているのは、ドライバーとアシスタントの他に、荷主さんやガードマンさんなどが乗る場合もあるからです。


って、相変わらず我ながらヘンなことやってるなぁ・・・。

「ラリージャパン」で奴田原選手が優勝!

ホテルモントレ大阪の一室で午前9時前に目が覚め、おもむろに重たい身体と頭に鞭打って活動を開始。

既に結果は昨日のうちに知っていましたが、岡山でスーパー耐久が行われている頃、北海道では「ラリージャパン」が開催されていました。

日本でWRC(世界ラリー選手権)が開催されるようになって、早3年目。

色々と課題や混乱、将来的な不安要素も見え隠れしているようですが、日本におけるモータースポーツ振興のために、なんとか根付いてほしいイベントです。


そして、この「ラリージャパン」において、P-WRC(プロダクションカー世界ラリー選手権)部門で奴田原文雄選手が見事優勝を飾りました!

奴田原選手ブログっていうのもあったのね・・・。



奴田原文雄選手の優勝は、今季開幕戦のモンテカルロに次いで2回目。
札幌近郊に在住の奴田原選手が地元で優勝を飾れたことで、一層話題が膨らんでいます。

モータースポーツシーズンも後半から終盤に突入、色々なカテゴリーでタイトルの行方が気になり始めてきています。
P-WRCと全日本ラリー選手権の両シリーズを追うという多忙なスケジュールを過ごしている奴田原選手、ぜひともダブルタイトル!!
期待したいところですね(^^)。

・・・やっぱり今年も全日本ラリーの最終戦行こうかな・・・
・・・その前にご本人に、優勝に関するインタビューをさせて頂かないと・・・


ということで、「ラリージャパン」にまつわる制作作業などで、月曜日は一日中ホテルでカンヅメ状態。
昼も食べずに作業に没頭、日が暮れてようやく社員とともに近隣を散策。
とんかつ屋さんで夕食、コンビニに立ち寄って再び部屋に戻り、またまた早寝と相成りました。

第5戦・岡山 決勝

いよいよ迎えた第5戦・岡山の決勝レース。

24時間、4時間と長丁場が続いたシリーズは、この岡山、そしてSUGOと400kmの比較的短距離レースで競い合います。

ということでレースはスプリントチックな様相。
しかし、昨年までならばピットストップ回数の差が戦略としてレースを面白くしたのですが、今年からの2回ピットストップ義務化がその面白さを半減させているような感じがします。
確かに2回ストップでもスタート時の燃料搭載量やピットインタイミングなどで戦略が別れますが、回数の差よりは分かりにくいのも事実。

中にはストップアンドゴーで2回目の義務ストップを消化するケースもあり得るので、果たして2回ストップ義務はレースの魅力を増すことに有益なのか?という議論の余地はあるでしょう。



STクラス1は結局「ARTA DENAG GT3」が負けなしの5連勝を飾り、早々にシリーズチャンピオンの座を手中にしました。
DENAGはチームとして見れば昨年の第2戦から12連勝中。
果たして残り2戦、誰が田中哲也/新田守男コンビの連勝を止められるのか!?




ところでSTクラス1よりも先に表彰式が行われたSTクラスSでもシリーズチャンピオンが確定しました。
「NSC J'S RACING S2000」の梅本淳一/植田正幸組は今回はトラブルに苦しめられましたが3位完走を果たしてタイトルを手中に。

残り2戦でタイトル確定のためには41点以上(それまでの勝ち星が多ければ40点以上)の差を2番手につければ良いことになります。
今回の成績で梅本組は累計82点、残る2台のS2000は共に38点。
ということでその差44点、文句なしのタイトル確定なのですが・・・。

どうやら足し算を出来ない人がいたようで、表彰式ではこの点がきちんと伝わっていなかったのではないでしょうか。
表彰式、梅本/植田組にチャンピオン獲得おめでとう!!という盛り上がり方、していなかったようですし・・・。

ちなみに足し算が出来ない人は本当に計算が苦手なようで、「23+15=23」という摩訶不思議な答えを出したりもしています・・・。
ダメだ、こりゃ・・・。


まぁ何はともあれ無事に第5戦も終了。

中国道を美作ICから東へと走り、加西サービスエリアで夕食。

食後、しばし車内で今宵の宿探し。
条件は「LAN(出来れば有線)完備」「VPN使用可能」「なるべく都心」。
ひとつめのLAN完備は絶対条件。出来れば安定性の高い有線LANがベスト。
次のVPNはメールやサーバとのやりとりで使えると非常に便利。
そして都心である理由は、パソコンが1台トラブルを起こしているので、トラブル機にのみインストールされているソフトが必要になったときに調達することを考慮したもの。

結果、ホテルモントレ大阪でとてもリーズナブルな料金設定を発見!!
ここは立地的に大阪駅の真ん前と言え、至近にヨドバシカメラ マルチメディア梅田があります。
VPN接続が可能であることも事前にWEB情報でチェック済。しかも駐車場も余裕のキャパシティ。

いや〜、こんな良いホテルが超リーズナブルな値段で抑えられるとはラッキー!!

日付が変わるちょっと前にチェックイン、するとツインルームのシングルユースが用意され、超広々!!
もっとも、部屋の広さよりも、ワーキングデスクがもうちょっと広いとベストだったのですが・・・。

取り敢えずはチェックイン後間もなくして爆睡突入で日曜日が終わりました。

第5戦・岡山 公式予選

第5戦の岡山は残暑厳しい戦いとして知られる一戦。
公式予選が行われた土曜日も眩しい太陽が照りつける一日となりました。

そんな中、午後のグリッド予選では、直前にカートの決勝レースが行われたこともあって、ST1/2/Sクラスの走行時間枠となるグループ1では上位陣はアタックインを行わず。

最終的には今回も、全クラス混走のグループ3終盤、つまり予選終了間際の10分間で熾烈なアタック合戦が展開される結果になりました。

ちなみに予選序盤が余りにも走行車両が少ないという面が今更一部で問題視されているようですが、そんなのは現行の予選システムを採用した段階で充分に想像がつきそうなものですが・・・。
相変わらず、何事も後手後手のスーパー耐久です・・・。



さて、終盤に集中するアタックインですが、その理由として大きなものが気温/路面温度の低下があります。
時間経過に連れてこれらは基本的に下がる傾向なので、極端に言えば予選開始直後と終了間際では1時間の違いがあるので、その差は小さく無いという判断です。

当然クルマにすれば一定の下限はありますが、路面温度も気温も下がっているほうがコンディション的には良好ゆえ、一発のアタックタイムで好タイムをマークしやすくなるわけです。

そこで主に上位陣のチームは終盤ギリギリでアタックを行いますが・・・。

実はコースインのタイミングも重要。
他のマシンに引っかからないクリアな状況でアタックできることももちろんですが、あるチームではコースインからアタックインまでの時間を計算した上で、アタック中は上空を雲が覆うであろうタイミングを図ってコースインさせています。

実際に太陽を雲が覆えば、1度程度は気温が下がるかもしれません。
それがどこまでタイムに影響するのかは分かりませんが、勝つために、より良い成績を残すために、常に努力や探求を惜しまない姿勢は、さすがトップチームと感心させられます。



ところで予選終了後、なんだかんだと20時近くまでサーキットに滞在し、それからホテルのある津山市内へと移動したのですが・・・。

今日はホテルで一日中制作作業を行っていたウチの社員に電話をすると、なんとパソコンにトラブルが発生した模様!!!

夕食後にトラブルシューティングに着手しましたが、これが予想以上に厄介なトラブル。
なんとかならないかと四苦八苦しましたが、結局はギブアップ。
その時、既に午前5時・・・。決勝日フリー走行開始3時間前・・・。

第5戦・岡山 専有走行

レースウィークの金曜日は、毎度お馴染みのSTEL専有走行日。

「(走行料金を)安くしてよ〜!」
「だめ〜、申込みに来るの遅いから割増しだ〜!」

ってな感じの会話を交わしながら業務は進行。

走行時間になり、コースインチェックを兼ねて写真撮影に出発です。
今回は知人よりレンズをお借りして来ました。
CANONの純正ですが使ったことの無いタイプだったので、最初は少々扱いに手間取りつつも・・・。



まずはこんな感じの写真からスタート。



そのうちに悪ノリが始まり、角度つけつつもシャッタースピードをスローにして遊び始めます・・・。
この時で1/125秒。
ちなみに77号車、Mirage Racing Factoryさんは、マネージャーさんがブログを開設されています。



遂には1/60秒に手を出してしまう始末。

こんなことやってるから腕が全然上達しないんですね・・・。
ユキイロ.com
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プロフィール

斉藤@編集室。

  • Author:斉藤@編集室。
  • スーパー耐久をはじめとしたモータースポーツや自動車全般を主に、陸海空の交通に関するハード&ソフトの両面について取材活動や執筆制作活動を展開。
    車については乗用車はもちろん、商用車、トラックや特殊車両まで守備範囲は広い。
    モータースポーツは主催者側と参加者側の両方を経験して現在に至る。
    北海道出身、東京都在住。
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