四日目終了、今年もお世話になりました。

【2007年12月31日 21時00分/鹿児島県鹿児島市浜町】

給油を済ませてからは国道504号→国道10号と走って、当初予定通りの時刻に今日の最終目的地である鹿児島市に到着。

実は私、鹿児島市を訪れたのは初めて。
2004年のお正月は、鹿児島市には足を踏み入れていなかったのです。

予約しておいたホテルに無事チェックイン、年越しはこの地で迎えることになりました。
と言っても季節感に無頓着な身ゆえ、テレビを見るわけでもないので、相も変わらずパソコンに向かっている次第です。



四日目を終えてオドメーターの数値は49,077km。
東京を出発してからの走行距離は2,229kmとなりました。


そして今年もお世話になった皆さん、誠にありがとうございました。

なんて書いているうちに、年が明けてしまいましたが・・・(^^;。


第3スティントは744km

【2007年12月31日 18時45分/鹿児島県鹿屋市寿】

佐多岬を後にしてからは鹿児島湾を左手に見ながら国道269号を北上。

鹿屋市に到着する頃には、既に日は落ちて暗くなっていました。

ここで燃料補給と洗車を行ないます。

宇佐市で前回給油してから、ここまでの走行距離は744km。

既に燃料残量警告灯が点灯してから100km近くを走行していたので、どれほどガソリンを呑み込むものかと思っていたのですが・・・。

80リットルの容量があるタンクに入ったのは71.00リットル。
第3スティントの燃費は10.5km/Liter、第2スティントよりは少しアップしました。
でも、その間には"林道走行"もあったのですが(^^;。



給油の後は洗車。セルフ式ガソリンスタンドですが、屋根付きの拭きあげブースが備わる充実したサービスステーション。

ここまで頑張ってくれた社用車1号機(日産フーガ 350XV)、大晦日ということで一年の垢を落とす締めくくりの洗車は、1000円の最上級コースで行なってみました。

しかし大晦日の夜に鹿児島の地に現れた"うさん臭い外観"の関東地区ナンバー車、それがいきなり寒空の下で洗車を始めたのですから。
サービスステーションのスタッフは遠目にこちらを見て話をしていましたが、おそらくは「何しに来たんだろう?」「帰省かな?」「なんだかアヤシイねぇ」なんていう会話だったのではないでしょうか(^^:。


目的地はこちら

【2007年12月31日 16時45分/鹿児島県肝属郡南大隅町佐多伊座敷】

佐多岬に向かう県道68号には、こんな標識が掲げられています。



岬から北上してくると目にするのですが、日本にある道路標識の中で最も遠い場所までの案内標識であることは間違いないでしょう。

その距離、2,700kmですか。

あ、今回のツーリングではそれ以上を走行してしまうな・・・。

ちなみに私、宗谷岬には一度訪れたことがあります。
1997年、北海道道の駅スタンプラリーで当時あった道内全ての道の駅を訪れる過程での訪問でした。


二度目の佐多岬訪問、ですが・・・

【2007年12月31日 16時10分/鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠】

国道448号をぐんぐん進み、錦江町・田代からは県道68号や74号を走って、やってきました南大隅町にある本土最南端の地「佐多岬」。



私にとっては2004年正月休み以来、2回目の訪問となりました。

当時は岬に向かう有料道路「佐多岬ロードパーク」が閉鎖される可能性があったため、『それでは行けるうちに行ってみよう』ということで訪れました。
現在、道路は自治体に移管され、通行料金も車で行くことが出来る最南端の場所となる駐車場までは無料になりました。

岬はさらに駐車場から800mほど険しい道のりを歩いていった先にあります。
駐車場の先は「佐多岬展望公園」という位置づけになるため、大人300円/小学生150円の入園料が必要です。

また民営時代は自転車などの通行は出来ませんでしたが、今は単なる町道の扱いゆえに自転車の通行も可能になっています。

二度目の訪問となった私ですが、前回同様に駐車場までを往復しました。
駐車場にはトイレと公衆電話、バス停があったのですが・・・、そのうちのバス停は無くなっていました。バス路線が廃止されてしまったのでしょう(もっとも民営時代の持ち主はバス会社も有する企業グループでした)。

そして帰り道。
実は以前訪れたときに、旧・社用車1号機(三菱ディアマンテ 30M-SE)をまじえて"こんな記念写真を撮影"したのです。

この場所は車道の終点となる駐車場の少し手前にあります。
折角ですから今回も、と思って現在の社用車1号機(日産フーガ 350XV)でも同じようなアングルで写真を撮影することは今回の九州紀行の大きな目的だったのですが・・・。

なんと「佐多岬」と書かれた看板が無くなっていたのです!

orz...。

まさか通行料金がタダになって、駐車場の先のみが有料になったから、駐車場手前にある記念撮影スポットだった看板を撤去しちゃった、なんてことはないですよね!?


宇宙づいてる今日このごろ

【2007年12月31日 14時30分/宮崎県串間市大字大納】

遂に車は鹿児島県に足を踏み入れました。

私にとっては2004年の正月休み以来となる鹿児島県訪問、もちろん社用車1号機(日産フーガ 350XV)は初めて足を踏み入れます。

長距離フェリーの発着港を抱える志布志市で国道220号から沿岸を走る国道448号へと進路を取ります。

南国らしい風景は変わらずですが、残念ながら鹿児島県の空はぐずつき気味で時に雨が降ってきます。

そんな中をどんどん走って行って着いたのが肝付町。2005年7月に平成の大合併で誕生したこの町は、元は「高山町」と「内之浦町」でした。

そして内之浦といえば思い当たる施設が。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「内之浦宇宙空間観測所」です。



国の行政改革によって宇宙開発研究機関を統合するかたちで発足した「JAXA(宇宙航空研究開発機構)」。
種子島宇宙センター」からのロケット発射シーンがお馴染みの独立行政法人です。

しかし歴史を紐解くと日本で最初に人工衛星が打ち上げられたのは、ここ「内之浦宇宙空間観測所」、1970年のことでした。

遠目に山の上にアンテナを見ることが市街地からも出来ますが、思えばこの2ヶ月は私にとって"宇宙"が身近に思えることが続きました。
国立天文台」の取材にはじまり、その他の取材で訪れた地でも国立天文台の観測施設があったために立ち寄ってみる機会が多かったのです。

ちなみに肝付町の旧・内之浦町地区はロケットのモニュメントが多数。橋の欄干からパチンコ屋さんの看板まで、ロケットだらけ。
更にこの街のタクシーは「銀河タクシー」というロマンティックなネーミングでもあったのでした。
写真の「内之浦宇宙空間観測所」、ゲート前にあるバス停は大隅交通の「ロケット基地前」です。


寄附金付き道路?

【2007年12月31日 13時00分/宮崎県串間市大字大納】

さて初めて訪れた「都井岬」ですが、そこへの道のりで少々違和感を覚えたことがありました。

国道448号から都井岬へ通じる道は、宮崎県道36号の一本だけ。他のルートは存在しません。

都井岬」は天然記念物に指定されている「岬馬」の生息地であり、この馬をはじめとした貴重な大自然が残されている場所です。

また「都井岬国民宿舎」(民営です)、「都井岬観光ホテル」などの宿泊・飲食施設も存在しています。



この道路は先に記したように県道ですが、国道を離れてしばらく行くと写真の「駒止の門」というゲートが現れます。
その名前だけを聞けば野生の馬が外部に出ないようにするための門かと思いますがさにあらず。

ゲートの手前には看板が出されており、「野生馬保護管理のために、この先に行かれる皆さんに寄附の協力をお願いいます」といった内容が記されています。

きちんと額面も決められており、普通車は400円。
ゲートには、おばちゃんが待機していて、車の窓を開けると「こんにちは」と笑顔で言って手を出してきます。

寄附金は「都井御崎牧組合」に入るようで、野生馬の保護管理に使われている旨や「岬馬」の歴史に観光案内などが記されたパンフレットを寄附すると渡されるのですが、黙っているとおばちゃんの口から「寄附をお願いします」の言葉はありません。

これでは単なる通行料金の収受員ですね。

やはり中には納得いかない人もいるようで、「都井岬観光ホテルのウェブサイト」に書かれている一文がその事を物語っています。

県道ですから道路そのものの維持管理は県の予算で行なわれているでしょう。
そうなると組合の運営費を寄附でまかなっているということになるのでしょうが、パンフレットには具体的な使途や収支については一切書かれていません。

この日、私が往復した中で見かけた車は50台くらい。
年末で観光客が多いということもあるでしょうが、これだけでも2万円です。

もちろん野生馬保護に寄附をすることに異論はありません。
しかし、実質的に公のものであるはずの県道の"通行料金"的な集金方法には疑問を懐かざるを得ないのです。

そもそも、県道でこのような事をやって良いものなのか。"料金ブース"は上下線の中央にありますから、道路管理者である県も容認している行為と受け止められます。
このことについては、是非とも宮崎県の見解を聞いてみたいですし、寄附の収支報告公開も求めたいですし、法的な問題がないのかもちょっと調べてみようかと思っています。


ウマー、ウマー、ウマー

【2007年12月31日 12時50分/宮崎県串間市大字大納】

南九州の最南東端「都井岬」にやって来ました。

少々風は強いものの、日射しが暖かいのでブルブルと凍えるような寒さではありません。
天気に恵まれた大晦日、この地にも県内外のナンバーをつけた車で大勢の観光客がやって来ていました。

都井岬」と言えば野生の馬で有名。
日本在来馬とも言われ、その起源は縄文時代や弥生時代にまで遡ることができるそうです。
今では「岬馬」と呼ばれるこの地の馬は、国から天然記念物の指定を受けています。

国道448号から都井岬方面に県道を進むと、まずは野生の猿に出迎えられます。車が近づいても全く動じることなく道路に座っていたりしますが、ここで餌などを与えてはいけません。

猿と分かれてしばらく走ると、馬の姿も見えてきます。
道路が行き止まると駐車場、そこから徒歩数分で都井岬灯台に到着します。ここからは日向灘や志布志湾を一望できますので、カメラは必携でしょう。



帰り道、往路で目をつけておいた写真の場所に立ち寄り。
看板が出されており記念撮影に丁度良い感じ。しかも当方の場合は人ではなく、車を入れて看板と撮影出来るのはありがたい限り。

ここはちょっとした広場で駐車スペース的なところなのですが、帰り道では5〜6頭の馬たちが来ていました。
こちらも猿同様に車で近づいても全く動じる気配なし。試しに車を降りても同様で、のどかに草をはんでいました。

そんなわけで車と馬のツーショットにも撮影成功。
ところがノンビリした性格の馬だったようで、草を求めて馬が歩いていった先にたまたま私が車を停めていました。
どうするかと思ったら、そのまま体当たり。ゆっくり歩きなので別に車が傷つくようなことはありませんが、ぶつかる前に気づかないものなのか?
それとも、食べ物を探すことだけを考えていたのか・・・。
あ〜、人間でもそういう人がいますねぇ(^^;。


青く澄んだ海に秘められた過去

【2007年12月31日 12時00分/宮崎県南那珂郡南郷町大字贄波】

国道220号で宮崎県南部の南郷町までやって来ました。

ここで国道220号を離れ、国道448号へ。

相変わらず左手に見える日向灘は空の青とのコントラストが美しく、南国らしい木々とともに気持ちよい風景を見せてくれています。

そこで目についたのが「栄松海岸」の文字。

これを見て、爽やかな気持ちがちょっと複雑な心境へと変化しました。



写真は栄松海岸に浮かぶ「黒島」。
美しい風景に見えますが、今から六十数年前この海では悲しい事が続けられていたのです。

第二次世界大戦で劣勢になっていた日本、海軍はとんでもない兵器を制式採用しました。
それが"マルロク"と呼ばれた秘密兵器、またの名を「回天」といいます。

この兵器は潜水艦から敵艦に向けて発射される魚雷。しかし普通の魚雷とは異なり、コントロールを人間が直接行なうことから"人間魚雷"と言われています。

もちろん魚雷ですから海中を進み、敵艦に体当たりします。脱出装置はありませんので敵艦に命中して爆発すれば、1名乗り込んでいる操縦者はほぼ確実に死に至ります。

「回天」の基地としては山口県周南市が良く知られていますが、ここ栄松海岸の地にも「第三十三突撃隊」として基地が設けられていました。

この「回天」は操縦が非常に難しかったことから若い兵士たちはこの海で過酷な訓練を続け、そして出撃していったのです。

「回天」についてはその試作型が広島県呉市の「大和ミュージアム」に展示されています。

私は8月に展示を見学していたのですが、改めて実際の出撃地となった海を見て、なんとも言えない気持ちになったのでした。


快適なドライブコース

【2007年12月31日 10時45分/宮崎県宮崎市大字熊野】

宮崎市からは国道220号を南下していきます。

この道には「宮崎南バイパス」「青島バイパス」「日南海岸ロードパーク」といった愛称が地域ごとにつけられていますが、市街地からしばらくは二車線、その後は一車線になるものの、とても走りやすい道が続きます。



南に向かう場合は左手に太平洋・日向灘を見ながらのドライブになりますが、今日は快晴に恵まれたこともあって空と海の青がまばゆいばかり。

青島海岸や日南海岸といったマリンスポーツのメッカ、名勝負の舞台にもなる有名なゴルフ場、"モアイ像"や"鬼の洗濯岩"などというちょっと気になるスポットなど、観光要素が沿道には満載です。

詳しいことは「宮崎県観光情報サイト・旬ナビ」にたくさんの情報が掲載されていますので、あなたも一度、宮崎に出かけてみませんか?

ちなみに国道220号、走りやすいバイパス区間はついついスピードを出してしまいがち。
宮崎県警察のお世話にならないように要注意です。

最後にこのブログを読んでいるであろうウチの社員嬢に業務連絡。
先日のテレビで取り上げられていた警察官はおろか、活動している白バイやパトカーの類には今回は全く遭遇しませんでした!


変わったコト、変わらないコト

【2007年12月31日 10時20分/宮崎県宮崎市橘通】

ホテルを出て最初に訪れたのは「宮崎県庁」。
今年1月に東国原英夫知事が誕生、今や数多くある宮崎県内の観光スポットの中でもトップクラスの人気を誇っています。

その証拠に、昨夜流された宮崎県内のニュースでは、この一年で県庁を訪れる人の数が25万人にもなったそうで、もちろん県内全域の観光客数も一気に増加傾向を見えるようになっているとのこと。
市内の主要ホテルも軒並み宿泊客数が増えており、"宮崎ブーム"はまだまだ衰えることがなさそうです。

実際、私も今年はラリーの取材でも宮崎を訪れましたが、宮崎に行くと言うと周りの皆さんから『いいねぇ〜』とか『東国原知事のグッズを買ってきて』などと言われたもので、全国的に宮崎県に対する注目が高まり、そのほとんどを好感度が占めているのは間違いないようです。



しかし、今回のツーリング初日にたまたま車の中で流していた全国ネットの情報番組では、市内の商店街に余り効果がないという話を伝えていました。
出演していた商店主の方は『我々にはメリットが少ない。もっと行政に何とかしてほしい。』というような主旨の発言をされていました。

これを聞いて呆れるやら、情けないやら。

詳しくは別の機会に改めて触れてみたいと思いますが、商店街の活性化は確かに行政にも責任の一端はあるでしょうが、それ以前に個々の商店主や商店街全体としての取り組みを何かしているのでしょうか。

今の時代に、県外からこんなに多くの観光客が訪れるようになった都道府県はそうそうないはず。
他の地域からは『観光客は増えているじゃないか。なんと贅沢なことを。』という声も聞こえてきそうです。

大晦日のこの日も、朝早いにも関わらず県庁前には観光客が多数。もちろん御用納めが済んで県庁は休庁していますが、建物をバックに記念撮影をしていました。
また近くにあるグッズ屋さんは黒山の人だかり。

一方で商店街はと言えば、シャッターを閉めた店ばかり。

いくら民意によって行政の長が交代して改革を進めようとしても、相も変わらず行政頼り&全ての責任を行政に押しつけるという何も変わらない姿勢の人もいるようです。


四日目、朝から快晴!

【2007年12月31日 10時00分/宮崎県宮崎市橘通】

昨夜チェックインしたのは宮崎市の「ホテルJALシティ宮崎」。



少々寝不足気味で目覚めると、窓の外は気持ちよい快晴に恵まれた街並みが。

やはり天気がスッキリしていると自分自身も晴々するもので、シャワーを浴びてサッパリしてから四日目のスタート。

ちなみに「ホテルJALシティ宮崎」も勿論ブロードバンドに全館対応しており、VPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)も利用可能。
広々としたベッドがとても寝心地の良いホテルでした。


三日目終了、宮崎市到着。

【2007年12月30日 22時00分/宮崎県宮崎市錦町】

やけに"林道走行"が多かったような気もしますが、なにはともあれ無事にロングツーリング三日目が終了。

今宵の宿を予約してある宮崎市に到着しました。




今日の走行距離は432km、出発からのトータル走行距離は1,815kmとなりました。


独りだけのナイトターマックラリー

【2007年12月30日 19時00分/大分県佐伯市蒲江大字波当津浦】

佐賀関方面を周遊して臼杵市にやって来ました。

今夜の最終目的地は宮崎市、ここからなら国道10号へと抜けて南下するのが一般的なルートです。

しかしカーナビゲーションのモニターを見ると、国道217号を南下する沿岸ルートも選択肢としてチョイス出来そうな感じ。

『宮崎までそんなに急ぐわけでもないので、沿岸部を走ってみるか』と気安く考えたのが事の発端でした。

国道217号で津久見市に入り、市街地を抜けるまでは順調でした。
津久見中央病院の先を左折、ナビの表示通りに国道をトレースしていったのですが・・・。

突然、道幅は離合不可能な狭さへと変化。険しい登り坂でタイトターンも存在する"林道"のような様相になったのです。
『間違えたか?』と一瞬思いますが、振り返っても他に選択できる道は無かったので、これで間違いありません。

幸いに険しい区間はそれほど長く続かず、しばらくして再び安定したクルージングに復帰。

JR九州の日豊本線沿いに南下を続けて佐伯市に到着、ここの駅前で再び運命の選択肢。

国道217号よりも海側に、国道388号が通っているのです。

『もういっちょ、行ってみますか』という判断が、今後の展開を決定づけたのです。

市街地を抜けると道は狭くなり、離合困難な箇所も多数。しかし海沿いの道では良くあること、限られた空間に道路を通した先人の苦労が偲ばれるというものです。
小さな漁港をいくつか通過、釣り人相手の民宿なども沿道には点在していました。

しかし山間部に突入すると、先程の国道217号を上回る過酷な道のりへと変化したのです。



どのようなものかと言えば、図体の大きな社用車1号機(日産フーガ 350XV)ではありますが、"5.4mの最小回転半径"が効果的。
VQ35DEエンジンが生み出す"280psのパワー"、手動操作のシフトダウンでブリッピングによって回転数を合わせてギアチェンジをしてくれる"シンクロレブコントロール"、濡れた落ち葉など滑りやすい路面でのスリップを防ぐ"VDC(ビークルダイナミクスコントロール)"、車速や舵角に応じてキセノンヘッドライトの照射方向を変化させる"アクティブAFS"、さらには左ドアミラーに埋め込まれたカメラで撮影した映像をリアルタイムに室内のモニターに表示させてフロント左タイヤ周辺の様子を確認できる"サイドブラインドモニター"、これらをフル活用することが出来たのです。

こうして何とか無事に攻略した後、国道10号に復帰したときの安心感といったら・・・。

国道388号には「日豊リアスライン」という愛称がついていますが、気軽なドライブコースとして慣れない人が足を踏み入れることは絶対にお薦めできません。

私にとっては期せずして、来年のラリー取材に向けての良いリハーサルになったような気もしています・・・。


一年を経て訪れた"反対側"

【2007年12月30日 16時50分/大分県大分市大字佐賀関】

国東半島を一周した国道213号に別れを告げ、国道10号で別府市を通過して大分市に入ります。
別府市はさすがに観光名所だけあって、市内はかなり渋滞していたために多めのタイムロス。

大分市に入ると再び国道10号を離れ、今度は国道197号で佐賀関方面へ。
佐賀関と言えば「関あじ・関さば」が美味しいことで有名な地、今や全国的な"ブランド魚"として高い評価を集めています。



この佐賀関に向かう国道197号、またの名を「愛媛街道」。
『どうして九州なのに愛媛街道?』という疑問を持った方もいらっしゃることでしょう。

実はこの国道197号、その起点は四国の高知市なのです。
高知市から山間部を抜けて愛媛県に至ると、四国最西端となる佐田岬半島にある三崎港から「国道九四フェリー」による海上区間となり、再び佐賀関で陸路に戻ると大分市までを結んでいます。

この「国道九四フェリー」については、私が昨年四国西半周を行なった際に佐田岬を訪れたので、その際の記事でもご紹介しました。

あれから約一年、今度は海を挟んだ反対側に訪れてみたということです。
もっとも「国道九四フェリー」には乗船していないので、国道197号では未走破の部分が四国の山間部を含めてまだまだ沢山ありますが(^^;。


華麗なるドリフト・テクニック

【2007年12月30日 14時30分/大分県国東市武蔵町糸原】

私のツーリングでは欠かせない「空港探訪シリーズ」、今日は「大分空港」です。

大分空港」は3,000mの滑走路を持つ第二種空港。
ちなみに空港には規模や用途などによって種別があり、第二種とは国内主要航空路線が就航しているものを指します。さらにこれは国管理の(A)と、地方自治体管理の(B)に分類されますが、「大分空港」は国が管理する第二種(A)に属します。

私が到着した時にはエプロンに3機が翼を休めていました。
そしてラッキーなことに、到着から間もなくしてその内の2機がテイクオフ。
先に旅立っていったのは全日本空輸(ANA)東京国際空港行・196便。
機材はボーイング767-300、帰省ラッシュと全国的な荒天の影響を受けてか、定刻をやや過ぎてのテイクオフとなりました。

続いて同じく全日本空輸(ANA)大阪国際空港(伊丹)行・186便もテイクオフ。
こちらの機材はボーイング737-700、この機種は写真を撮影しておく必要性が高かったので、とてもラッキーでした。

しかし、こうした飛行機よりも「大分空港」ではもっと見てみたかったものがあるのです。



それがホバー(ホーバー)クラフト。
ナイロン製の"スカート"と呼ばれる黒い部分を通して水面や地面に向けて空気を送り込んで船体を浮上させ、後部のプロペラによって推進力を発生させて進む船のような飛行機のような乗り物です。

日本では現在、営業運航されているのはここ「大分空港」と大分市を結ぶ「大分ホーバーフェリー」のみ。

ホバークラフトは地上も滑走できるため、一般的な船のように港に接岸するのではなく、ターミナルでは水面からスロープを登って陸上に入り、そのまま滑走して乗降口まで進んでいきます。

そして「大分空港」側のターミナルは、地上滑走距離が長い上に、その途中にクランク状の部分があるため、高度な操縦技術が求められます。

このクランク部では船体を自動車でいう"ドリフト"状態にして曲がっていくホバークラフト。

初めてその姿を目の当たりにしましたが、これがなんともド迫力。
今回撮影した写真とこの目で見た経験は、いつもやっている書籍の監修などの仕事で大いに役立ちそうです。


宝くじファン必訪の地

【2007年12月30日 13時45分/大分県国東市国東町富来浦】

国東半島も南側のエリアに入り、着いたのは国東市
2006年3月の「平成の大合併」を経て、人口3万4千人ほどの街として誕生しました。

この街にある竹田津港からは山口県周南市徳山下松港との間に「スオーナダフェリー」が就航していますので、本州からのアクセスも意外なほど良好な地です。

国東半島の北側から陸路でアクセスしていくと、とても縁起の良い地名に巡りあいます。



「富来(とみく)」。

富来港から文殊仙寺までの10kmほどの道のりには「富来路(とみくじ)」の愛称がつけられており、「願い橋叶い橋」「とみく開運橋」という縁起のよい名前をつけられた橋が港のそばに架けられています。

また「富来神社」は、宝くじの当選を願う場所として有名だそうで、宝くじファンの皆さんは是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。


昼食は「たこめし膳」

【2007年12月30日 13時00分/大分県国東市国見町伊美】

思いがけず"林道走行"をしたこともあって、お腹の具合も丁度よい補給タイミング。

ということで立ち寄ったのは国東半島の先端部に位置する「道の駅 くにみ」。

姫島や晴れていれば四国や本州を眺められる絶景ポイントです。

ここの「レストラン美浜」で名物として知られるのが「たこめし膳」。
地蛸の旨みが好評の一品、これを試してみることに。

比較的"こぢんまり"としたレストランですが、道の駅に併設されているので通りすがりの旅行者でも気兼ねなく入店することが出来ます。



オーダーして5分ほどで運ばれてきたお膳には、味のついたご飯に蛸がたくさん乗っている丼と、塩が添えられた蛸の刺身、酢の物、香の物、お味噌汁が並べられていました。

蛸は歯ごたえが良く、地蛸の味わいが格別。刺身も蛸を塩でいただいた経験はあまり無いのですが、これまた美味でした。

これでお値段は1,050円なり。

お腹も地元の特産品で満たされたので、更に国東半島を先へと進みます。


たどり着けなかった"神秘の山"

【2007年12月30日 11時50分/大分県豊後高田市城前】

国道213号で国東半島に足を伸ばしてみることにしました。

淡々と海岸線を走っていると目についたのが「ストーンサークル」という文字。
この地には歴史ミステリーなどで良く登場する、環状に並べられた巨石群・ストーンサークルがあるのです。

国東半島にあることは知っていましたが、通り道にあるとは。国道から6kmと表示されていたので、取り敢えず国道を外れて山間部へと車を進めます。

しかし。

どこにあるのか良く分かりません。
結局は迷ってしまい、林道を駆け抜けることになってしまいました。まぁ当方はラリー競技会取材で林道走行にも最近慣れてきましたが、普通の観光客ではあの道に迷い込んだら大騒ぎになってしまうことでしょう。
道は狭く離合不可、急勾配とタイトターン。うっそうと繁った木々、そして路面には濡れ落ち葉が敷きつめられた状態の箇所もあり滑りやすいことこの上なし。
さらに林道のお約束、ガードレールの無い場所も点在しているのですから。

しばしカーナビゲーションなどで情報を探すも、結局は場所が分からず。
雨も降ってきたので諦めて先を急ぐことにしたのですが・・・。

ストーンサークルがあると思われる場所を離れていくと雨が止む。『そうだ、折角だから山の写真だけでも撮影しておこう』と引き返すと、またも雨。
山の周辺だけが、まるで来る者を拒むかのように雨なのです。



その山が写真の「猪群山」。
山から離れてFOMAの通じるエリアに入ったところでパソコンを開いてインターネットで調べてみると、登山道を40分ほど歩かなければならないということで、いずれにしても訪れるには至らなさそうな所でした。

このストーンサークル、邪馬台国や卑弥呼の伝説とも関係がある神秘的なもの。
山は古来から女人禁制の聖地とされているそうで、インターネット検索では少々ミステリアスな話も見つけることが出来ます。


休み方も"昭和基準"?

【2007年12月30日 11時25分/大分県豊後高田市新町】

国東半島の付け根にある豊後高田市にやって来ました。

ここを訪れたのは、同市が「昭和の町」というテーマで観光客誘致を推進しているから。
"昭和"が静かなブームと言われる昨今、果たして実際どんなものなのかをこの目で見てみたくて立ち寄ってみました。

市街地中心部には、確かに懐かしい雰囲気の商店街があり、観光客も訪れています。
車で訪ねても市内に無料の駐車場が用意されているので安心。この日も九州各県はもとより、遠くは関西方面のナンバープレートをつけた車などが二十台以上停められていました。

しかし、中核施設とも言える「昭和ロマン蔵」は休業日。年末年始はお休みというお知らせが貼り出されていました。

この「昭和の町」というテーマでの売り込みは決して悪くないと思います。
意地悪な味方をすれば単なる昔ながらの商店街に過ぎないのですが、適度な改装などを行なって昭和の雰囲気を残しつつも、小綺麗な街づくりをしているという印象も持ちました。

ただ、シンボル的な存在となるべき「昭和ロマン蔵」がこのタイミングで休業というのは腑に落ちません。
確かに年末年始にお休みすることは責められないのかもしれませんが、帰省や観光でこの地を訪れる方も多いでしょう。つまり、観光的側面で見れば、間違いなく"かきいれ時"にあたるはずです。

ガイドブックなどを頼りに来た観光客の中には「昭和ロマン蔵」がイコール「昭和の町」という認識の方も少なくないようで、閉ざされた「昭和ロマン蔵」の門を見て残念そうに早々に車で別のところへ走り去る人も多数おりました。

せっかくの街をあげての活動なのですから、もう一歩踏み込んで"訪れる人の側に立った"運営をしてもらいたいものです。
まして年末年始、お隣の宇佐市には多数の初詣客が訪れるのですから、そのうちの何割かでもをこちらに呼び寄せるような活動を望みたいところです。



ゲートの中には、ノスタルジックな建物と、懐かしい車たちが見えました。
オート三輪が人気のようですが、私としては写真にあるような当時の企業カラーリングをまとった営業車が、なかなかいい味わいを出していると思います。


第2スティントは"USA"で終了

【2007年12月30日 10時50分/大分県宇佐市大字山下】

ホテルを出発して小一時間、やって来たのは宇佐市



この街を訪れるのは2004年の正月休み以来ですが、ローマ字表記にすると「USA」となることでも知られている地です。

また市内にある「宇佐神宮」は全国に4万以上あると言われる八幡宮の総本社であり、参拝客が全国から訪れます。
ここも大晦日から正月あけは多くの初詣客で大変な賑わいを見せることでしょう。
ちなみに2004年に私がここを通ったのは1月4日頃でしたが、初詣渋滞が周辺の道路では発生していたことを覚えています。

さて、この街では東京を出発してから2回目となるガソリン給油。

前回給油した京丹後市から山陰を横断して九州に上陸、ここまでの走行距離は692km。
給油量はハイオクガソリンを68リットル、燃費は10.2km/Literとなりました。

今回の区間はほぼ全てが一般道路だったので、なかなか良い数値をマーク出来た方だと思っています。


産地直送をお試し出来るスポット?

【2007年12月30日 10時35分/大分県中津市大字是則】

から揚げをつまみながら、国道213号を南下していきます。

昨夜九州に上陸してから東側の沿岸を南下してきていますが、沿岸部は工場が立ち並んでおり重要な工業地域のひとつであることを再認識させてくれます。



そんな中で沿道に見かけたのが掲載した写真。

TOTO株式会社の中津工場です。

TOTO株式会社と言えば、日本中の誰もが必ずお世話になっている会社。
トイレやお風呂など衛生関連のトップメーカーですが、その創業は1917年と古く、90年もの歴史を有しています。

くみ取り式が当たり前だった日本のトイレ事情ですが、そんな中でより衛生環境を向上させて日本国民の生活環境を高めようと努力してきたのが同社。
ご自宅のトイレがTOTO株式会社の製品という方も多いことでしょう。

そして中津工場、正門前の国道から見えるところに、トイレをご自由にお使いくださいという看板が掲示されています。
今回は立ち寄るには至りませんでしたが、年末年始のような時期でなければショールームもあるので、トイレの歴史や最新の技術を見学していくのも悪くないかと思いました。


価値ある逸品

【2007年12月30日 10時10分/大分県中津市豊田町】

ホテルを出てまず向かったのは中津市名物の調達。
それは昨日の記事にも書きましたが「鶏のから揚げ」です。

大分県第三の都市である中津市
そう、鶏と聞いて誰もが思い浮かべる九州と言えば宮崎県ですが、ここは大分県です。

しかしここ中津市の皆さんはとにかくから揚げが大好きなようで、市内には鶏のから揚げ専門店がいくつもあるそうです。
しかも"鶏料理店"ではなく、あくまでも"から揚げ専門店"。お店で食べるのではなく、持ち帰りのみとなっています。また、市内では配達もしているとのこと。

おめでたい席や会合など、とにかく人が集まれば鶏のから揚げを食べる習慣があるそうで、ゆえに地元にはいくつもの専門店が存在しているということです。
そこに数年前、ケンタッキーフライドチキンが進出してきました。しかし地元店が圧倒的な支持を集めている土地柄ゆえ、撤退を余儀なくされたという逸話も残っています。ちなみにケンタッキーフライドチキンは現在、大型ショッピングセンターのテナントとして再度この地に店を構えています。

今回私が訪れたのは「チキンハウス」というお店。国道沿いにあり、駐車場も用意されています。
店内に入ると、その様相はまるで精肉店。ショーケースの中に生肉が陳列されていますが、もちろん鶏だけです。
定番ということで、骨なしを200グラム注文。愛想の良いおばちゃんが「今から揚げますから、ちょっとおかけになってお待ちくださ〜い」というので、用意されている椅子に座って待つこと5分ほど。

100グラム190円、つまり380円を支払って手にした「鶏のから揚げ」、正直に言うと最初は『朝イチで"から揚げ"はちょっと脂っこいねぇ』という感じでいました。
しかし店内に漂っていた香ばしい香りはそのまま持ち込んだ車内にも充満、食欲をかきたててくれます。



食べてみると、サクッと揚がった中にジューシーな鶏肉。ニンニクがちょうど良い具合に効いており、肉も柔らかでしかもスジが無く食べやすい。

これは、わざわざ足を運んで食べるだけの価値、大ありですよ!
市内にはまだまだ多くの店がありますから、食べ比べをしてみるのも良いでしょう。

中津市のから揚げについては大分県のウェブサイトでも、「大分B級グルメの旅・中津市から揚げの旅 編」として紹介されていますので、是非参考にしてみてください。


スッキリしない空模様の三日目朝

【2007年12月30日 10時00分/大分県中津市中殿町】

規定時間いっぱいの午前10時に「ホテルルートイン中津駅前」をチェックアウト。



以前はあまり「ホテルルートイン」を利用していなかったのですが、最近ではモータースポーツ関連では鈴鹿サーキットへの出張時に、そのほかの出張でも比較的利用する機会が増えてきました。

全国チェーンなのでどこも基本的な部屋のレイアウトなどは同じ。オープンからそれほど年数を経ていない施設の場合は、部屋のレイアウトや使い勝手が良いので気に入っています。

ところで目覚めた時間、窓からは太陽の光が注いでいました。
天気予報は荒れ模様を伝えていただけに「ラッキー!」と思いましたが、やはり現実はそんなに甘いはずも無く。

チェックアウトして車に乗り込む頃には雨がポツポツ。
空を見上げると雲の向こうに丸い太陽が見えていますが、雨も落ちてきています。

なんともスッキリしない空模様の下で、ロングツーリング三日目のスタートです。

ところで毎日の行程を自分のメモ用を兼ねて書き込んでいますが、こんな無謀な(?)ツーリング記録をご覧いただいている皆さん、ありがとうございますm(_ _)m。


約450kmを走行して、二日目終了。

【2007年12月29日 22時00分/大分県中津市豊田町】

関門橋の撮影を終えた後は、県道25号を南下。
実は当初予定では九州上陸初日は長崎方面に向かう予定でしたが、急遽ルートを変更しました。

天気予報によると明日明後日は荒れ模様となり、長崎方面は雨となりそうだからです。
既に数日前から週間予報で伝えられていた年末年始の天候に関する情報を見て、2通りのルートを作成してきました。
結果、やはり明日の長崎方面は天候が芳しくなさそうなので、周防灘に沿って南へ向かうことにした次第です。

途中、日産自動車九州工場の近くも通過、この工場ではティアナなどが生産されています。
近年、九州地区は自動車産業が活性化を見せており、自動車メーカーや部品メーカーの工場進出が続いています。
そんな中でも、いち早く九州に進出を果たしたのが日産自動車

思えば日産自動車のルーツのひとつは「戸畑鋳物」、北九州を本拠としていた会社でした。

さて、車は順調に南下を続け、今日の宿泊地となる大分県中津市に到着。
この地にもダイハツ九州が本社と工場を構えて新車の生産を行なっています。



ところで中津市と言えば「鶏のから揚げ」で有名。
お祝い事からちょっとした集まりまで、事あるごとに「鶏のから揚げ」を食べる習慣があるそうで、市内には持ち帰りの専門店が多数あるそうです。
余りにも地場のお店が支持を集めていることから、某全国チェーンが出店したものの、撤退を余儀なくされたという逸話も残っています(現在は再出店しています)。

そこで私も試しに購入して、スーパーマーケットなどで白いご飯も調達して食べてみようかと思っていたのですが・・・。
寄り道しすぎたせいで到着予定時刻をオーバー、既にお店は全て閉まっている時間になってしまいました。

明日の朝、開店している店が見つかれば、ぜひ購入してみたいと思っています。


夜景撮影に挑戦・その2

【2007年12月29日 20時10分/福岡県北九州市門司区大字門司】

トンネルを抜けるとそこは九州。
このまま、今夜の宿泊地へ向かおうかとも思いましたが、関門橋のライトアップが綺麗だったので、もう一回夜景撮影に挑戦してみることに。

カーナビゲーションで撮影出来そうなポイントの検討をつけて、向かった先は橋脚の足元にある駐車場。

年末ということもあってか、橋を間近で見られるポイントには、男女が乗っていると思われる車が数台。

対する当方、むさ苦しい野郎が1名、少々離れた場所で車がフレームに入りそうな位置に停めて撮影準備。

こんな時、常にトランクに三脚や一脚、脚立といった撮影機材を搭載している社用車1号機(日産フーガ 350XV)は便利なことこの上無し。



あま〜い時間を過ごしているであろう車たちを遠目に見つつ、三脚とカメラをセットして数カットの撮影に着手。
相変わらず風は強いのですが、まぁまぁこんな感じ!?という写真を撮影することが出来ました(^^)。


本州脱出

【2007年12月29日 19時50分/関門トンネル 山口・福岡県境】

人生2回目、今年7月に導入したばかりの現・社用車1号機(日産フーガ 350XV)では初めて、関門トンネルを走行しました。



本州と九州の間は、高速道路ならば関門橋で渡りますが、国道の場合はトンネルになります。
但し通行料金が必要。もっともお値段は普通車で150円とリーズナブルですが。

トンネル延長は3kmほど、比較的スムーズに流れていればそんなに時間を要さずに通過して、あっと言う間に対岸に渡ることが出来ます。
トンネルの完成は1958年、関門橋よりも15年も早く本州と九州を結びました。

そして橋とトンネルでの最大の違いは、トンネルならば徒歩や自転車でも通行出来る点。車両用トンネルとは別に用意されている人道があり、徒歩ならば無料、自転車や原動機付自転車は20円で通行することが出来ます。

こうして無事に本州を脱出、自分の車では5回目となる九州上陸を果たしたのでした。


久しぶりの下関

【2007年12月29日 19時30分/山口県下関市観音崎町】

ようやく本州の西端、下関市にやって来ました。

以前、MINEサーキットが存在していたころは、年に数回は訪れた地。
しかしサーキットが閉鎖されるとすっかり縁遠くなってしまい、本当に久しぶりに足を踏み入れました。

とはいえ、そこは以前は何度も訪れてきた地ゆえ、土地勘はそれなりに残っています。

そこでちょっと市街地に寄り道。
夜の帳もすっかり下りたことですし、夜景写真の撮影にチャレンジしてみました。

ところが風が思った以上に強く、外にいると芯から冷えてきてしまいます。



結局、じっくり腰を据えての撮影には至らず、そそくさと「海峡メッセ下関」が見えるポジションから数カットを撮影して、車を再び走らせたのでした。


街道スペシャリスト

【2007年12月29日 17時45分/山口県長門市三隅上】

山口県に入った後は、島根県益田市から走り続けている国道191号で更に西進。

その途中、萩市長門市の間に「鎖峠」という峠道があります。

ここは標高231m、峠といっても幅も充分な片側一車線の全面舗装で、初めて通る方でもそんなに不安を感じることはないと思います。
しかし、この時期は路面凍結などの恐れもありますので、気温の低い日などは注意が必要。
また、所々にタイトターンも存在しているので、無理は禁物です。




そんな中で出会ったのが写真の車。

トヨタのミドルサルーン、「プレミオ」の現行モデルです。
簡単にアウトラインをご紹介しておくと、現行型の登場は今年の6月。5ナンバーサイズのボディに排気量1800ccと1500cc、ふたつのエンジンをラインナップしています。
駆動方式はFFと4WD、トランスミッションは全車CVTを組み合わせています。

外観もごく平凡なこの「プレミオ」ですが、そのワインディングでの走りには目を見張るものがありました。

車線内で理想的なラインを描き、過度のロールを抑えた見事なコーナーリング。
ブレーキも無駄に踏むことなく、適切にタイトコーナーの進入などで短い区間できっちり減速し、立ち上がりとともに鋭い加速で巡航速度に復帰。

後ろについている当方としては頻繁にストップランプを浴びることも無く、適度なペース(時には置いていかれてしまうほど)で、峠道をクリアしていったのです。

もし1800ccエンジン車だったとしても、そのカタログスペックは最高出力100kW(136ps)という、ごく平凡なもの。

スペックに頼るのではなく、日常的にこの道を走り慣れた経験からくる、見事な走りっぷりを披露してくれたのでした。

それにしてもあの適切なブレーキング&加速、もしかしてドライバー氏はスタッカードゲートが刻まれたCVTのセレクターレバーを適時操作していたのでしょうか?


価格格差

【2007年12月29日 17時00分/山口県阿武郡阿武町】

今回、山陰の日本海側を走破していて気づいたことがあります。

それは、地域間のガソリン販売価格に大きな差があるということ。



掲載した写真は、その中でも最も高価な価格表示で、ハイオクは1リットル当たり170円というプライスボードが掲出されていました。

ガソリンの価格が高騰を続けるようになって久しいですが、さすがにこの値段になると住民生活にも大きな影響を与えていることでしょう。
当然、ガソリンのみならず、この時期の必需品である灯油の価格も全国平均よりも遥かに高いプライスであることも想像できます。

燃料価格の差は、輸送コストに起因する部分が大きいものです。
さらに推測ですが、各県ごとなど地域テリトリーが販売・輸送業者側に存在しているのか、ほんの数キロや十数キロ離れた二点間でも、県境をまたいだ途端に販売価格が5円近く違うケースもありました。

高値で販売されている地域にお住まいの方々には申し訳ありませんが、いち旅行者としてはなるべく安価な設定がされている地域を選んで、場合によっては多少早いタイミングでも給油をすることが賢い選択肢となるようです。


世界遺産の地に最も近い空港

【2007年12月29日 15時45分/島根県益田市市原町】

車は島根県西部の中心市、益田市に入りました。

人口はおよそ5.1万人、平成の大合併によって県内最大の面積を誇る市となりました。

ここで立ち寄ったのは「石見空港(萩・石見空港)」。
先に立ち寄った出雲空港と合わせて、島根県本土には2つの空港が存在しているのです。



しかしその規模は両者で大きく異なります。
種別こそ同じ第三種空港ですが、「石見空港(萩・石見空港)」の就航路線は東京直行便が1日1往復のみ、大阪(伊丹)便も同様に1日1往復のみ。大阪便は乗り継ぎで東京行き需要をカバーしていますが、不便さを感じないわけにはいかないでしょう。

機材は東京便がボーイング737-500、大阪(伊丹)便がボンバルディアDHC8-Q400、キャリアはともに全日本空輸(ANA)となっています。

空港の通称名に、山口県の萩を含んでいますが、立地場所以外の県の地名を冠しているのは珍しいケース。
似たようなケースでは「富士山静岡空港」がありますが、富士山は複数県にまたがっているとはいってもあくまでも山の名称。対するこちらは市の名称にもなっている他県の地名を含んでいるのです。

それというのも、やはり空港と路線存続のために需要を確保する必要があるからでしょう。
お隣の山口県北東部に関する航空需要、特に萩を目当てにしている観光需要を取り込むために、全国的に知名度の高いこの名称を含んだ愛称に決められたと推測します。

現在では「石見銀山」が世界遺産登録を受けて注目を集めていますので、有名な観光地ふたつの名称を含むことになった「石見空港(萩・石見空港)」。

島根県西部は交通インフラの整備が後れていることから、空港建設は地域の皆さんにとって長年の悲願であったでしょう。
東京/大阪のいずれとも「石見空港(萩・石見空港)」がなければ、移動には相当の時間を費やすことになり、東京起点で考えれば近場の海外に行くよりも時間を要することになるかもしれません。

現在も搭乗率を向上させるため、地元政財界が一体となって利用促進活動を展開しているようで、空港の近くにも利用を呼びかける看板などが掲出されています。
果たして今後、「石見空港(萩・石見空港)」の利用がどのような推移を見せるのか、注目していきたいと思います。


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プロフィール

斉藤@編集室。

  • Author:斉藤@編集室。
  • スーパー耐久をはじめとしたモータースポーツや自動車全般を主に、陸海空の交通に関するハード&ソフトの両面について取材活動や執筆制作活動を展開。
    車については乗用車はもちろん、商用車、トラックや特殊車両まで守備範囲は広い。
    モータースポーツは主催者側と参加者側の両方を経験して現在に至る。
    北海道出身、東京都在住。
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