世界の航空史に残る海岸

【2008年8月9日 11時45分/青森県三沢市大字三沢】

今回の青森訪問は、まずは航空関連スポットを3箇所連続でまわることになりました。
先程訪れた「青森県立 三沢航空科学館」にも展示説明がされているのですが、ここ三沢は飛行機の歴史にとって重要な地であったのです。

時は日本が昭和になったばかりのころ。
かの有名なチャールズ・リンドバーグが大西洋単独横断無着陸飛行を成功させたのが1927(昭和2)年。「翼よ、あれがパリの灯だ」の名言を残したとされていますが、これは後年の語り部によって付け加えられた脚色であると言われています。

空の冒険が世界的に話題となる中、今度は太平洋横断無着陸飛行を誰が成功させられるのかに注目が集まりました。
懸賞金がかけられたりしてブームが過熱する中、その出発地として使われたのが三沢の淋代海岸。



この海岸は粘土と砂鉄が混ざった硬いもので、広さも充分であり、最短の横断ルートをとれることから、多量の燃料を搭載した重たい飛行機の離陸に適していたということのようです。

そして1931(昭和6)年の10月に飛び立った「ミス・ビードル号」は、クライド・パングボーンとヒュー・ハーンドン、二人の手によって見事に41時間13分をかけて無着陸で太平洋を横断、アメリカのワシントン州ウエナッチ市に到着しました。

その功績を讃え、出発地となったこの場所には実物大の「ミス・ビードル号」の模型が展示されています。

また、三沢市は1981(昭和56)年にウエナッチ市と姉妹都市締結を行い、現在も交流が行なわれています。
 


 

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斉藤@編集室。

  • Author:斉藤@編集室。
  • スーパー耐久をはじめとしたモータースポーツや自動車全般を主に、陸海空の交通に関するハード&ソフトの両面について取材活動や執筆制作活動を展開。
    車については乗用車はもちろん、商用車、トラックや特殊車両まで守備範囲は広い。
    モータースポーツは主催者側と参加者側の両方を経験して現在に至る。
    北海道出身、東京都在住。
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