この目で見て良かったと思った瞬間
【2008年12月30日 11時05分/長崎県長崎市野母町】
車は長崎半島の野母崎までやってきました。
この地を訪れたのは、インターネット上でもここ数年話題になっているスポットがあるから。

端島。またの名を"軍艦島"として知られています。
この島については今更ここで多くを語る必要も無いかと思いますが、念のために簡単にご紹介すると、本土から約4km沖合に位置している現在は無人と化した島です。
その昔は石炭採掘で隆盛を極め、三菱財閥の手によって日本のエネルギー需要を担う重要な存在でした。
島は面積およそ6.3haという小さなものですが、この狭い島に最盛期は東京を越える人口密度になるほどの人々が生活していました。
その生活レベルはとても高く、1916(大正5)年には鉄筋コンクリート造りの高層アパートも建設されました。
またとにかく土地が無いので高層化が進むとともに、人口増加に伴って増築を繰り返した建物が多かった結果、島の中は迷路のような状態になったということです。
しかし国のエネルギー政策転換によって石炭産業は急速に衰退、1974年に炭鉱が閉山すると人々は島を離れて無人島になってしまいました。
そして"軍艦島"と呼ばれる理由こそ、その容姿。
島全体が遠目には洋上に浮かぶ軍艦のように見えるのですが、ロケーション的に軍艦を建造していた三菱重工の長崎造船所が近いことも、こう呼ばれるに至った遠因のひとつではないかと思います。
この島については幾多の写真をこれまでに見てきましたが、今回自分自身の目で見ると、なるほど確かに軍艦そのものといった容貌です。
今回掲載する写真は野母崎の総合運動公園近くから撮影したものですが、個人的にはもっと市内中心部寄りの位置から見た方が、長さも強調されてより軍艦らしく見えるように思いました。
ところで"軍艦島"という愛称を持つ島は全国にいくつかありますが、2007年夏の能登半島一周では石川県・珠洲市の"軍艦島"を訪れました。
その時の模様は2007年8月17日のエントリでご紹介していますので、ぜひこちらもご参照を。
車は長崎半島の野母崎までやってきました。
この地を訪れたのは、インターネット上でもここ数年話題になっているスポットがあるから。

端島。またの名を"軍艦島"として知られています。
この島については今更ここで多くを語る必要も無いかと思いますが、念のために簡単にご紹介すると、本土から約4km沖合に位置している現在は無人と化した島です。
その昔は石炭採掘で隆盛を極め、三菱財閥の手によって日本のエネルギー需要を担う重要な存在でした。
島は面積およそ6.3haという小さなものですが、この狭い島に最盛期は東京を越える人口密度になるほどの人々が生活していました。
その生活レベルはとても高く、1916(大正5)年には鉄筋コンクリート造りの高層アパートも建設されました。
またとにかく土地が無いので高層化が進むとともに、人口増加に伴って増築を繰り返した建物が多かった結果、島の中は迷路のような状態になったということです。
しかし国のエネルギー政策転換によって石炭産業は急速に衰退、1974年に炭鉱が閉山すると人々は島を離れて無人島になってしまいました。
そして"軍艦島"と呼ばれる理由こそ、その容姿。
島全体が遠目には洋上に浮かぶ軍艦のように見えるのですが、ロケーション的に軍艦を建造していた三菱重工の長崎造船所が近いことも、こう呼ばれるに至った遠因のひとつではないかと思います。
この島については幾多の写真をこれまでに見てきましたが、今回自分自身の目で見ると、なるほど確かに軍艦そのものといった容貌です。
今回掲載する写真は野母崎の総合運動公園近くから撮影したものですが、個人的にはもっと市内中心部寄りの位置から見た方が、長さも強調されてより軍艦らしく見えるように思いました。
ところで"軍艦島"という愛称を持つ島は全国にいくつかありますが、2007年夏の能登半島一周では石川県・珠洲市の"軍艦島"を訪れました。
その時の模様は2007年8月17日のエントリでご紹介していますので、ぜひこちらもご参照を。